無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年09月28日(日) 女優に有情/舞台中継『赤鬼 RED DEMON』/『砲神エグザクソン』6巻(園田健一)ほか

  悲しい訃報が二つ。

 漫才コンビ「いとし・こいし」の夢路いとしさんが、25日、自然気胸及び肺炎併発のため亡くなっていたことが分かった。享年78。
 私の年代の人間にとっては、1962年から12年間続いた「がっちり買いましょう」の司会が一番馴染み深い。けれど、歴史上、一番面白かった漫才コンビを上げよ、と言われて第一に名前の上がるのがダイマル・ラケットだとしたら、二番手は間違いなくいとし・こいしのお二人であろう。私個人は子供の頃、お二人のような大御所よりも、若手のカウス・ボタンや阪神・巨人の方が好きではあったが、お二人の牙城が揺らぐことは決してなかった。20年前の、あの異常な漫才ブームのさ中にあっても、お二人の漫才は「いつも通り」で、そのときようやくお二人の漫才が至極「上品」なものであることに気付かされた。
 プロフィールを調べてみて驚いたのだが、お二人は1945年、広島の爆心地近くで被爆しているのである。原爆症にならなかったのは奇跡としか言いようがないが、笑いの神様がその才を惜しんだのかもしれない。
 93年、兄弟で紫綬褒章を受章。


 27日、『雨に唄えば』のドナルド・オコナー氏が、心不全のため死去。享年78。
 仮にミュージカル映画のベストワンを選べ、と言われたら、これもまたアチラを立てればコチラが立たずで頭の痛いことであるのだが、あえて個人的な趣味で選んでしまえば、私の場合は何と言っても『雨に唄えば』である。
 ジーン・ケリー、デビー・レイノルズ(レイア姫のキャリー・フィッシャーのママと言わなきゃわかんない人もいる。嗚呼……)、ドナルド・オコナーの三人によって歌われた数々のスタンダードナンバー、主題曲の『雨に歌えば(Singin' in the Rain)』や『グッド・モーニング(Good Morning)』を何気なく鼻歌や口笛で歌った経験のある人も多いだろう。
 中でも、『ザッツ・エンタテインメント』でも取り上げられたオコナーのまさに一人舞台、『笑わせろ(Make'Em Laugh)』。壁を走り撥ね回り、元はサーカスの役者だったというのもさもありなんというパフォーマンスぶりで、私なんぞはこの一曲でジーン・ケリーよりもドナルド・オコナーの方が好きなっちゃったくらいである。DVDにはオコナーのコメンタリーも収録されているそうだ。買おうかどうしようか、随分迷ったけど(というのも、これは親父も買う可能性が高かったから)、買っちゃおうかなあ。
 ミュージカルダンサーの旬は短い。ジーン・ケリーもフレッド・アステアも、一時不遇をかこち、晩年は性格俳優に転じた。オコナーの場合も、70年代は映画出演作が一本もなく、80年代になってようやく『ラグタイム』や『トイズ』に出演している(でもどちらも見てるのにオコナーが出てたかどうか記憶にないんだなあ)。それが世の習いとは言え、いささか淋しいことである。
 遺作はジャック・レモン、ウォルター・マッソー主演の日本未公開作『カリブは最高(Out to Sea)』(1997)。未見だが、なんとオコナーはこの作品でタップを披露しているらしい。当時71才、まさしく最後の芸を披露してくれているということか。レモン&マッソーの名コンビにとっても、この後の共演作は『おかしな二人2』があるのみである。
 この辺までキチンとフォローしてくれない死亡記事が殆どなのはホントに残念(T.T)。


 先週はうっかり見損なってた『鉄腕アトム』、ウワサによるとなかなかよかったらしい。アニマックスの再放送待ちとして、今日はしっかり見逃さないようにする。
 第25話『もしも涙を流せたら』。
 タイトルだけ見ると、これは原作の『電光人間』のときのアトムのセリフから取ったもののようだが(アトムにお茶の水博士が「涙を流す」機能を付けたのは、『宇宙こうもり(コウモリ伯爵)』のエピソードのとき。ただし、単行本ではカットされている)、ストーリー自体は関係がない。

 地上の環境を守るために、地下に作られた理想都市・ジオシティの落成式に招待されたお茶の水博士とアトム。
 しかし、都市の設計者・セバスチャン博士(=手塚キャラのフランケンシュタイン博士)は、環境修復システムが、ホログラフィのニセモノであることに気づく。このままでは地球は地下から汚染されてしまう。
 ジオシティのマニー市長は、直前になって環境修復システムにかける資金が惜しくなったのだ。セバスチャン博士は、都市の機能を止めるために、植物育成剤・ケミカルAを巻くが、異常な繁殖を始めた植物は、都市を、人間たちを襲い始めた……。

 「ケミカルA」と聞いて、つい、『PPG』を思い出してしまいましたが、まあ、クスリにつける名前としてはオーソドックスなんだろうか。
 人間の環境汚染に復讐する植物の来襲というのは、もう見飽きるほどに見てきているネタだけれども、子供だま……ああいやいや、よりよいお子様を育成する「善導」アニメとしては、いっぺんはやんなきゃいけないネタだったんだろうねえ、と、海より広い心で許してあげましょうよ、ねっねっ。


 たまにちょこちょこ見ている『いつみても波瀾万丈』、本日は「安達祐実伝」(^o^)。まだ22だろう、ちょいと早いんじゃないか、と言いたくもなるのだが、デビューが2才というから、実はもう20年のキャリアがあるのである。実際、言葉遣いが実にしっかりしていて、「じゃないですか」を連発する福留功男の喋りの方が鬱陶しく聞こえるくらいだ(^o^)。小学校時代からずっと続く「苛め」も相当酷かったみたいだし、それでグレずに堪えてきたのは立派なもんである。一歩間違えばドリュー・バリモアになってた可能性もあるのである。ちょっとなってる面もあるか。
 実際、「役者」としての安達祐実はやっぱり今も「不遇」なんである。映画出演は『お墓がない!』(1998)を最後に、一本もない(声優出演を除く)。テレビレギュラーは一応、『大奥』とかがあるけれど、主演ではない。
 そういった安達祐実の「惨状」を見るにつけ、役者を、特に女優を育てるのって、今はホントに難しくなってるのだなあ、と思ってしまうのである。迷走してる印象は強いけど、本来、女優の才能のある人だってことは、見てりゃわかりそうなもんだけど。本当なら、主演映画がもう10本はあってもいいのに、生かせる監督がいないんだよなあ。
 『家なき子』のあと、随分長いこと干されたそうだけど、その理由というのが定番の「色が付いてて使いにくい」ってやつ。それさあ、役者の個性を生かせないってのとと同義なんだがなあ。だって、それ言い出しゃ、使える役者って、男優だろうが女優だろうが誰もいなくなるじゃん。
 『ガラスの仮面』は、安達祐実の転機になるドラマだったんだが、あれ以来、グラビアアイドルの方に行っちゃって、これといった「演技」を披露する機会に恵まれていない。なんであの時期に映画版を作らなかったかなあ。今でもまだギリギリセーフでイケるから、「紅天女編」やれよ。原作無視して完結させていいから。テレビスペシャルみたいにキスして終わりってそんな生っちろいもんじゃなくて、ちゃんと劇中劇で『紅天女』作っちまえばいいのになあ。
 まあ、その『ガラスの仮面』で共演した野際陽子とどんな会話するんだろ、と興味があって、今回の『波瀾万丈』を見てみたんだけれども、ごく不通の会話でしたね。そりゃそうか。
 「初めて会ったとき、なんて澄んだ眼で真っ直ぐ見る子なんだろう」という野際陽子の述懐は間違いなく当たってる。『ガラスの仮面』にハマる人ってのは、ちょっと危ない方向に行きはするけれど、役者としては「使える」ようになるのである。大竹しのぶ然り、荻野目慶子然り。なんかスゴイ系譜だけど、だからこそ演技に「個性」が生まれるんだよ(^_^;)。


 昼間はアニマックスやらWOWOWをぼんやり見ながら日記書き。時間があるとついつい長めに書いちゃうのでやっぱり更新が追いつかない。
 今日から『名探偵ホームズ』の再放送が始まるので、それも録画。ビデオでは持ってるけどもうこれからはDVDしか見そうにないから。全く技術の進歩にも困りものである(-_-;)。
 正直な話、宮崎駿が絡んでないやつで見たいのは殆どないんだが、まあそれだけ録画するってのもなんか中途半端な感じなんで一応全話録るつもり。できるかな。
 WOWOWで『ダーティハリー』、久しぶりに見るが、もう1も2も3も頭の中でゴッチャになってるので(多分5まで全部見てるはずなんだが)、ラストで犯人が撃たれて湖に浮かぶシーン、「あれ? スタジアムで死ぬんじゃなかったっけ?」とか首を捻る。これだから映画も2度、3度と見返さなきゃなんない。これからはホントに記憶力との戦いになるなあ。


 夜、NHK教育でNODA・MAPの『赤鬼 RED DEMON』、ロンドン公演版を見る。
 日本版は日本人の中に一人だけ外人が混じる、という設定だったと思うが、こちらは外人の中に日本人である野田秀樹だけが混じる逆設定。
 野田秀樹が「赤鬼」ってのはムチャだと思うが、面白かったのは、日本人という設定でありながら、野田秀樹のセリフが殆ど日本語でないハナモゲラだったことだ。たまに「Oh!God!」が、「大事」と混同する、というギャグはあるが、ともかくのだひできは「へにょろぺっちゃらくっちゃら」みたいな喋り方で殆ど言語不明瞭な謎の男を演じ続ける。こういう「言語否定」なところからコミュニケーションを模索している試みが面白い。いろんな人が指摘してるのに、なかなかみんなが気付かないんだけど、言語くらい意志伝達の方法として貧弱なものはないんだからね。


 続けて、NHKBS−2でつかこうへい作・演出『ストリッパー物語』。これも昔のやつと全く毛色が変わってる。
 私はつかこうへいは殆どストーリーは無視して、役者のカラダの動きにだけ注目して見るという甚だシツレイな見方をしているのだが(だってセリフが未だに説教臭い絶叫型なんだもん)、やっぱ体技は凄いわ。脱がずにあれだけ「ストリッパー」を感じさせるんだもんねえ。
 ストリップの演技には、セクシーに行きそうで行かない、その直前で「結局はアンタ、ナニが見たいんでしょ」とナニをほっくりだしちゃう身もフタもないところがある。まあそれがかえって、ストリッパーの心を客より優位に立たせて、性を売る後ろめたさから救っている面もあるのかもしれない。
 でも客もまた、その彼女たちの微妙な心にそこはかとない影を見て、ナニを見る以上の繋がりを感じたりもするのである……ってなもんだかどうだか、私はストリップを見たことなんで一回しかないからよくわからんのだが。
 でもストリッパー同士のトップ争いってだけで、ああ、これつかさんの『幕末太陽傅』なんかなあ、と見るのは多分そんなにハズレた見方じゃないと思う。女の争いはいつも切ない。


 マンガ、園田健一『砲神エグザクソン』6巻(講談社/アフタヌーンKC・540円)。
 単行本の出る間隔がかなり空いてるので、前の話がウロオボエになってるよ。マンガ喫茶で読み直さないといけないかなあ(ウチにあるやつは、本の山の奥に沈んでるのである)。主役の砲一が実はロリコンで、幼児体形の茜ちゃんとナニしまくりというのは覚えてたが(^_^;)。
 今巻で一番印象に残って次巻まで覚えてられてるシーンは、やっぱりキンバー先生の×××になるかな。いや、×××な意味じゃなくて、×××するようなヤツは×××されても当然、私だって×××が×××されたら×××するよってことなんである。でもキンバー先生、×××されたけれども×××が×××になってホッとした。いや、これも×××が×××になったからって、それでキンバー先生が×××になったとは思わないのだけれども、やっぱ×××が×××になるなら、それに越したことはないってことで。
 何が何やら分かりませんな(^o^)。なんか×××なマンガだと勘違いされちゃマズいから一応フォローしとくと、これは地球を制圧した宇宙人リオファルドにレジスタンスを挑み、地球の復権を図ろうとするヒーローの物語です。その究極の兵器がタイトルにあるエグザクソンね。スペルを書くと「EXAXXION」で、Xが三つもあるのがミソ。ああ、やっぱり×××の話に(~_~;)。

2002年09月28日(土) こんぴーたなんて使えません/『まいっちんぐマチコ先生』1・2巻(えびはら武司)/DVDBOX『電人ザボーガー』
2001年09月28日(金) さらば長嶋/『機動戦士ガンダム THE ORIGIN 始動編』�掘��検憤舵�良和)ほか
2000年09月28日(木) 百鬼夜行とヤオイSFとデクノボーと/『イミューン ぼくたちの敵』(青木和)ほか



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