無責任賛歌
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|藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2003年08月23日(土) 恋から自由であるということ/映画『呪怨2』

 午前中ずっと、シコシコと日記書き。
 注文しておいた唐沢俊一さんのサイン入り『裏モノ日記』が届く。
 思っていたより随分薄かったが、目次を見るとかなり内容をカットしている模様。じっくり読みたかったので、日記を書いている間はパラパラと斜め読み。ウェブより、やはり縦書きの活字になっているほうが読みやすい。本を持った時のこの手の「重み」を忘れない限り、どんなにネットが発達しても、この世から本が消え去ることはないだろうと思うね。


 夕方、シネリーブル博多駅でしげ、よしひと嬢と待ち合わせをする。ところが駅に到着してふとバッグの中を見て、前売券をウチに忘れてきたことに気付く。日頃こういうマヌケな役は圧倒的にしげが担当しているのだが、まさか自分がこんな目に会おうとは(いかにも偶然の災難のように思いこもうとしているくらいに狼狽しているのである)。
 時計を見ると、映画の始まりまであと四十分ほど。取って帰って、間に合わない時間ではない。こちらに向かっているしげに携帯で事情を説明したら、しげ、「はぁ?」といかにもバカにしたような声で笑う。けれどここで怒るわけにもいかないので、三拝九拝して、家と駅を往復してもらうように頼む。
 駅裏の駐車場で待ち合わせすると、程なくよしひと嬢を助手席に乗せたしげの車がやってきた。私が車の後部席に乗りこむなり、しげ、「時間の余裕があったのになくなった」とブツブツと愚痴り始める。こちらはひたすら平身低頭である。かつて、これほどまでにしげと私の立場が逆転したことがあっただろうか。いやない(反語)。ほんのちょっとした人の瑕瑾につけこむとはなんて性格の歪んだヤツなんだろう。
 行きは道がそう混んでなくて、15分ほどで家に着いたが、戻り道は渋滞、20分以上かかって、映画の時刻ギリギリになってしまった。
 しげ、「間に合わんやん!」と悲痛な声で叫ぶ。
 「大丈夫だって。最初10分くらいは予告編が流れるから」
 「その予告編が見たいと!」
 こちらに引け目があるから仕方がないのだが、こういうときのしげのモノイイはワガママ全開だ。駐車場に車を置いて、バスセンターに駆け込んだ時点で午後4時45分。5分オーバーだ。しげはもうイライラを隠さない。
 「ギリギリで駆けこんで見るのが『呪怨2』?」
 「イヤなんかそんなに」
 「すごく見たがってるみたいでイヤやんっ!」
 すみませんねえ、見たがって。よしひと嬢まで「面白いんですか?」と聞いてきたので「つまんないと思うけど、絵がいいんだよ」と答える。答えながら足早にエスカレーターを「歩いて」昇る。
 映画館に飛び込んで「間に合いますか!?」と思わず叫んでしまったが、館員の方は「はい、大丈夫ですよ」とにこやかに応対。公開初日だし、なんかホントに「すごく見たがってる」客を演じることになってしまった。


 映画『呪怨2』。
 1作目のときのように、ダラダラと似たようなシーンを垂れ流してひたすら退屈だったのに比べると、今回は随分面白くなっている。ただそれはストーリーの面白さではなくて、あくまで恐怖の見せ方、つまり「絵」に拠っている点が、この『呪怨』シリーズの評価を微妙にしているところだ。

 今回、佐伯俊雄(尾関優哉)と伽椰子(藤貴子)の「呪怨」の犠牲者となるのは、八人。
 ホラー・クイーンの異名を取る女優、原瀬京子(酒井法子)は、呪われた家をレポートする心霊特番に出演する。ところが、その夜、恋人の石倉将志(斎藤歩)の運転する車に乗っていた彼女を恐ろしい運命が見舞う。飛び出して来た猫を轢いてしまった将志は、死体をそのままに車を発進させるが、なぜかハンドルが利かなくなっていた。車は壁に激突し、将志は意識不明の重態となり、京子も将志との間に宿した赤ん坊を流産したはずだった。しかし産婦人科医は、赤子が順調に成長していることを京子に告げる。この子は、本当に将志と自分との子どもなのだろうか? 困惑する彼女に取りついた呪いは、彼女の母親(水木薫)をも巻き込んで……。
 同じころ、その番組のレポーター、三浦朋香(新山千春)は自宅のマンションで、毎晩12時27分になると起こる、壁の向こうから誰かが叩いているような奇妙な音に悩まされていた。怯えた彼女は恋人の山下典孝(堀江慶)を呼ぶが……。
 更にはメイク担当の大林恵(山本恵美)を始め、番組に関わったスタッフが次々に失踪していく。京子のドラマにエキストラ出演した女子高生の千春(市川由衣)も謎の死を遂げる。ディレクターの大国圭介(葛山信吾)は事件の謎を京子とともに追い始めるが、京子の子供が生まれ落ちたとき、彼にも呪いの手は伸びていたのだった……。

 「呪いの伝播」ってのはもう怪談ものの定番だし、赤ちゃんが実は……ってのも、『ローズマリーの赤ちゃん』の方がずっと怖かったんで、ハッキリ言っちゃえば話は陳腐なんである。いや、もっと言えば、辻褄が合わずに破綻しているところも随所にある。だから、そういう点をいちいち挙げて「つまんない」と切って捨てることも可能なんだが、そう断言するには惜しいものを持ってると思うんだよね、このシリーズ。
 やはりそれはさりげなく窓の外から部屋を覗いている俊雄くんの白い顔に代表されるような「霊の見せ方」の上手さだったりする。俊雄君が「予兆(オーメン)」であり、伽椰子さんが「崩壊(カタストロフ)」を担当している役割分担も呪いを重層的にしていて面白い。これ、『四谷怪談』の呪いが宅悦とお岩に分担されてるあたりに着想のもとがあるんじゃないかな。
 何と言っても毎回呪いの俎上に何人もの美女たちを乗せ、恐怖に歪む彼女たちの顔を接写してきた点に功績の大部分を帰してもよいのではなかろうか。
 もっとも、今回主演の酒井法子は、これがあののりピーかと驚くくらいに生活臭く老けこんでしまっていて、特に眉間の皺が目立つのが痛々しい。前作の奥菜恵や伊東美咲のような「華」がないのが映画全体の印象を地味にしてしまっている。新山千春は『GMK』のときもそうだったが刮舌がひどく悪いので、喋るたびに耳障りで仕方がない。彼女のエピソードもいかにも『新耳袋』にありそうなネタで、言っちゃ悪いが怖いのと紙一重で笑ってしまう。山本恵美が霊感があるという設定で、ホントは一番「美味しい」役にならなきゃいけないと思うんだが、残念ながら御面相がもう一つなのである。
 となると頼みは前作で唯一助かってた美少女・市川由衣なんだが、たいして見せ場もなく、特に必要でもないエピソードの中であっさりとお亡くなりになってしまうのである。一番贔屓だったのになあ(+_;)。このあたりの女優の使い方に疑問が残るのも演出面での弱さだろう。

 しげ、今日も映画の間中、ビビりにビビって私の指を握り締め、ちょっと音楽が高鳴るだけで圧迫してくる。私の指が痺れてること事前に話して、もう手を握るなと言っておいたのに、完全無視である。この一点をもってしてもしげが私の健康など一顧だにしていないことは自明である。
 席も最初はよしひと嬢を間に挟んで向こう側に座っていたのに、わざわざ私の隣に移動してきて指を掴んで来たのだ。振り払っても振り払っても握ってくる。よっぽどこいつの方が伽椰子より怖い。
 何でも映画を見る前に、しげは鴉丸嬢と、「映画を見終わって、けいちん(私のことね)の腕にしげさんの手のアザがついてたらよっぽど怖いね」と笑って喋ってたそうだが、ホントに付いていたのだ。ああ、マジでシャレにならん(T∇T)。
 
 『呪怨』のパンフレット、これがまた大笑いで、昔の東宝チャンピオン祭りみたいに、双六だの福笑いだのお面だの、付録の充実したお遊び仕様。でもあなた、俊雄くんの顔で福笑いとかしたいですか。それ以前に、自分の顔が福笑いやお面にされてると知ったら、子役の尾関優哉君、グレたりしないかと心配になるんだけど。


 帰宅して、よしひと嬢にまだ見ていなかったという山村浩二の『頭山』や『WX�掘ゝ‘扱抻.僖肇譽ぅ弌治魁戮鮓�せる。
 よしひと嬢は『WX�掘戮慮�開中はちょうど仕事が忙しかったころで、全く見に行くヒマがなかったらしい。でもよしひと嬢が忙しくなかったことって、かつてあったのだろうか(^_^;)。こないだようやく手に入れた『押井守シネマトリロジー』もまだご覧になっていらっしゃらないようだけど。
 オタクの悪いクセで、映画を見ながらつい「ほら、ここが黒澤の『野良犬』」とか「ここんとこがコントラプンクト」とか解説してしまう。だいたいよしひと嬢はまだ『野良犬』を見ていないので、こんなに意地悪なことはないのである。今度ちゃんとお見せしよう。

 そのあと、四方山話、近況など。よしひと嬢とは、彼女が10代のころからの知り合いだから、もうかれこれ10ウン年になるのだが(~_~;)、昔を思うと随分オトナな話ができるようになってしまった。と言っても、「結婚はしないの?」とかその程度の話だ。
 彼女の答えはいつも決まっていて、「する気ないです」とキッパリとしたもの。これがフェミニズム的観点や男嫌いといった浅薄なものでないのが小気味いいんだよね。ここで「男なんて」なんてセリフが出てくれば一気に興醒めなんだが、よしひと嬢は絶対そんなセリフは吐かない。男性を愛する心はちゃんとあるのだが、それは極めて「契約」的なものであって、相手に頼ろうとか付いて行きたいとか尽くしたいとか、幸せになりたいとか、そんなお互いの人格を縛り合うような関係(つーか殆ど女性の方からの一方的なエゴイズム)はこれっぽっちも望んでいない。岡田斗司夫さんの言う「オンリーユー・フォーエバー症候群」に全く染まっていないのである。
 ご本人は「『好き』って感覚がわからないんですよ。それは自分の欠陥だと思うんで」と仰るが、「依存」という感覚と密接に結びついている旧来の女性の「愛」から自由だということなので、それは決して欠陥ではない。自立している女性ならば、「尽くしたい」なんて感覚が解らなくて当然なのである。自分で働いて、自分で生活して行ける人間が、なぜわざわざ「結婚」なんて自分を束縛するだけの制度に乗っかってやらなきゃならないのか?
 それじゃ、家庭が崩壊してしまうじゃないか、子孫だって残せないだろう、と反論される方もあろうが、子を自分の所有物としてしか見なせず、自分の見栄のためにええとこに進学させてええとこに就職させようとし、年老いては面倒見てもらうことを期待し依存するような家族関係ならば、崩壊したほうがマシだ。独身で何が悪いか。
 恋愛や結婚に幻想を持っていない女性は案外少ないが、よしひと嬢の場合、その珍しい例である。正直な話、男であろうと女であろうと、夢見がちな人というかピュアな方々は(^o^)話していて鬱陶しいんだよね。よしひと嬢に対しては気を遣ったり遠慮したりする必要がないものだから、私のほうも日頃言いたくても言えないことをポンポン口にしてしまう(この日記では結構好き勝手言ってるだろうと突っ込みたい方もいらっしゃるかも知れないが、実はムチャクチャ抑えて書いているのである。それに気がつかないおめでたい人も多いんだけどね)。
 どうせ曲解したいヤツは勝手に曲解するだろうからあえて言うが、私にも「恋愛感覚」なんてものはない。私は浮気をしたことは一度もないし、今後も全くする気はないが、それは私がモラリストであるからでもなければ、“通常の感覚で”しげを愛しているからでもない。しげと結婚したのはごく基本的な意味での「ボランティア」である(昔、しげとの関係を説明するのにこの言葉を使ったら、「なんてひどい!」と怒ったバカがいたが、どうやらその人は「ボランティア」という言葉をよっぽど悪い意味に捉えていたらしい。ボランティアっていけないことなんですか?)。でなきゃ、これだけケンカして、食事も作らねえ、家事もしねえヤツと、客観的にはデメリットしかないってのに、10年以上も一緒にいるわけないではないの。
 まあ、浮気なんてした日にゃあ、女におカネかけちゃった分だけDVDと本が買えなくなるからしないという理由が一番大きいのかもしれないが(^_^;)。

2001年08月23日(木) What is Okyuto?/『新暗行御史』(尹仁完・梁恵一)ほか
2000年08月23日(水) 若いって、イタいことなのよん/『エノケンと呼ばれた男』(井崎博之)ほか



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