無責任賛歌
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| 2002年11月22日(金) |
最上の味と最低の映画/映画『恋に唄えば』/『ブラックジャックによろしく』3巻(佐藤秀峰) |
予定では今日は職場に居残って残業しなければならないはずだったのである。 ところが突然予定が変わって、仕事にポコン、と穴が空いてしまった。いきなり仕事が入ることはあっても、仕事がなくなるなんてことは滅多にないのに、これは珍しいことである。でもおかげでしげを駐車場に待たさずにすんだ。ありがたい。
ところでしげもいいトシである。 この日記では、ヤレ、精神年齢が未だに小学生レベルだの、頭でっかちの六頭身だの、オシャレに無頓着でまんま『あしたのジョー』の冒頭シーンに出演できるだの、童顔でしょっちゅう浮浪児と間違えられるだの、適当なことを言っているが(今まで言ってないのもあるが)、そんなしげも今や野原みさえと同い年なのである。 酸いも甘いも噛み分けて、とまでは行かないにしても、ちったあオトナらしくなってるところもあるかと思えばそうでもなかったようなのだ。 しげの職場での出来事なんだけど、昨日、同僚の男性の人と偶然手が触れちゃったらしいのね、何かを取ろうとした拍子に。途端にしげ、ドキドキしてしまったらしい。 しげが何に驚いたかって、自分がまだそんなことでドキドキしてしまうんだってことにビックリしちゃったと言うのだな。もっともこの「ドキドキ」ってのは、オトメ心何色、とか、だって純情どうしよう、とかいう類のものではなくて、未だに自分の人見知りが治ってないってことらしいんだが。 治ってないでしょ、そりゃ。何を今更だよなあ、それでこっちは散々苦労させられてるってのに(^_^;)。 しげの対人恐怖症、以前から見たらだいぶマシにはなっているが、一般レベルで考えればまだかなりヒドイのである。とりあえず客商売ができてたり、演劇仲間と会話できたりしてるのは、頭の中でシミュレーションができているから何とか凌げてるだけなんで、初対面の相手とは未だに無言で過ごすことも珍しくない。何を話せばいいのか全く思いつかないのだね。もう何度となく「差し障りのないこと話せばいいじゃないの、天気の話でもいいからさ」とか具体例をいろいろと出して「こうしたらいいよ」と言っちゃいるんだが、記憶力がないから結局とっさの時の役には立たないのである。いくら言っても忘れられるんなら、私だっていい加減相手をするのがイヤになる。もう十年言い続けてるのに治そうともしないんだものな。 その同僚とは「手が触れる」というシチュエーションを全く想定してなかったらしい。まあいちいち想定するものでもないが、オトナならそれでドキドキするのは「ちょっと情けない」と思って然るべきものだ。 「そんなことないよー、女の子なんだからいつまでもドキドキしてたっていいじゃんよ〜」という意見をお持ちの方は、こう考えたらどうか。例えば、私が職場の若い女の子の手にウッカリ触れてしまって、ドキドキしてしまったらどう思うかと。「あっ、うっかり触れちゃってゴメン、でもワザとじゃないんだよ、……あれ? ワザとじゃないのに、このムネの奥から湧き上がってくるドキがムネムネする気持ちは何? これって、ボクにまだ若さがあるってことなのかな? うふ、ウレピイ♪」……「死ねよオマエ」って気がしないかね(-_-;)。 男と女とでその見方に差をつけちゃイカンよね。しげの「ドキドキ」も実年齢を考えればそうとうキモイものだ。これって結局、痴漢の自己弁護なんだよ。 しげがそう感じちゃったのは、やっぱりあいつの精神年齢が小学生から一歩も進んでないってことなんで、それはどうしようもないことなんだけれど、せめて「オレってバカ?」くらいは思ってほしかったな。オトナになろう、という気持ちがないから、そのドキドキを肯定的に見てしまうのである。なんかしげのやつ、ホントに人の苦労を無にしてくれる言動ばかりしてんだよな、ここんとこ特に。 言っときますが、私が若い女の子の手に偶然触れちゃうなんてこと、職場じゃしょっちゅうあることなんですが、全然ドキドキなんてしません。ラッキーとも思いません。ホントよ。
夕食は久しぶりに豪華に「エスポワール」でコース料理。一番安いやつでもン千円だよ。エンゲル係数高いってまたぴんでんさんに言われちゃうな(^_^;)。 フランス料理、親にだって滅多に連れて行ってもらわなかったからねえ。昔に比べて贅沢になってるのは否めない。 オードブルはエスカルゴに小エビ。多分、エスカルゴを食うのって、私ゃ生まれて二回目くらいだ(^o^)。いや、プリプリしてて美味かったっスよ。やっぱ特別なカタツムリなんだろうねえ。しげは全く手をつけなかったけれど、気持ち悪いからかな。だったらフランス料理食おうなんて思わなきゃいいのに。もったいない話である。 紫芋のスープ、芋の味である(当たり前だ)。 メインディッシュは牛肉ステーキ・骨付き豚肉のソテー。どちらも肉汁はたっぷり、けれど二口三口と食べつづけても舌にもたれることのない極上の味付けで、甲乙つけがたい。けれどしげはやはり牛肉のほうが好み。調理以前に肉の種類でしげのランクは決まってるんだから、シェフも腕の振るい甲斐がないよな。 デザートは梨のアイスクリーム・ケーキに紅茶。なんかいかにも「食事」したって感じで大満足。
コース料理の唯一の欠点は、チビチビ食うのですぐに腹が減ることである。 1時間半ほどエスポワールにいて、それから映画を見にワーナーマイカル福岡東に向かったのだが、到着したころにはしげも私もすっかり腹減りくんであった。 道すがら、空に光るものがあったので「あ、UFO」と言ったら「飛行機やん!」としげから怒られた。この程度の冗談でも怖いか。 ロッテリアで新発売のハンバーガー定食を食べる。でも気がついたら私の分が半分に減っていた。いくら腹が減ってるからって、断りもなく勝手に人の皿から取るなと言ってるのになあ。そう言えばしげの好きな映画『鬼畜』でも冒頭、長男が長女のラーメンを勝手に盗んでたが、やっぱしげの精神年齢って5歳なんだな。
ワーナーでトイレに入ったら、出会い頭に知り合いに会う。 本来こんなところで遊んでちゃいけない人のはずなんだがなんでいるかな。 そのへん問い詰めたら、すっげー威張ったイケすかないことを言われた。世の中、自信家っているんだなあ。
映画『恋に唄えば』。 おお、久しぶりにしげと二人で貸し切り。 ヒットする要素なんて何もないから客入らねえだろうなあ、と思ってたがやっぱり予想は的中したな。 錯覚してる人は未だに多いと思うけど、何度もこの日記でも書いてる通り、金子修介監督、最大ヒットが『ガメラ』なんで、はっきり「映画が作れねえやつ」と断定していいと思うんだけどね。 いや、ヒットするしないでその監督の資質を問うべきではない、という意見を否定してるわけじゃないんだよ。私が言いたいのは、金子監督は明らかに「ヒットを狙ってる」、にもかかわらず「ヒット作がない」、すなわち、「映画をヒットさせるために何をすればいいかがわかってない」ということを指して「アホか?」と思ってるわけ。金子監督の大学のセンパイである押井守が、「自分の好きな映画を作りたいだけで、別にヒットを狙ってない」、だから「ヒットしない」のは当たり前で、これは別に批判の対象にはならないの。
設定はいつも面白そうなんだよ。だからアイデアがある人ではある。原作者としてなら、評価もできるけど、脚本と演出は他人にまかせたほうがいいよな。優香を使うんなら、歌を歌わせるだけってアホだと誰でも思わん? 水着にするとかシャワーシーン入れるとかイロっぺーデザインか素っ頓狂なデザインの衣装着せて躍らせてチチ揺らせる、それしなくてどうして客が来るかよ。それとも事務所がバカで「もう優香は水着にはしません」とかシバリかけてきたんかね? だったら蹴ろよ、そんな企画。どんなクズ企画でも引き受けていいのは日本じゃ三池崇史だけだ。
冒頭、春の浜辺で、桜井ユミ(優香)と恋人サトル(玉山鉄二)が仲良く歩いている。 いかにもありがちなシーンで鼻白んじゃうけど、このときのユミの顔がいかにもバカっぽくて「幸せ〜」なんてナレーションも入ってるから、これはまあ、ワザとなんだなと許せはする。でもこのユミを「バカ」に見せたいのか「可憐な女の子」に見せたいのか、どうも演出が甘いのだ。「金子修介は女の子を描くのがうまい」という評価も一部にはあるようだが、それも錯覚だと思うな。ありきたりなイメージの中身のないスカスカな女の子しか描いたことないよ。『ガメラ』の長峰が魅力的に見えるのは、演じた中山忍本人がよかったから。 いや、女の子の描き方だけじゃない、幸せ絶頂のユミにサトルは突然別れを切りだすんだけど、次のカットは横っ面に水をぶっ掛けられ大雨の中、ずぶ濡れになってるユミ(このときも下着が透けてない!)。 あの、サトルは「別れてくれ」と言ったあと、どうしたの? そのまま逃げたの? それはユミが雨に濡れる前、後、どっち? あとの展開から、サトルは決してユミを嫌って別れたわけではなかったということがわかるから、当然、濡れる前なんだろうけれど、ここは「別れたくて別れたいわけじゃない」というサトルを描写しないと、観客はこの恋を実らせていいのかいけないのかそれすらわかんないんだよ。だいたいついさっきまでユミ、ただのバカにしか見えてないんだし。ロマコメつくりたいんでしょ? だったらヒロインに向かって「頑張れユミ!」って客が応援したくなるような演出しないでどうするよ。 この段階でユミやサトルに感情移入できる人がいたら、その人は相当思いこみが激しいタイプだね。近寄らない方が無難である。 ここだけじゃなくて、徹頭徹尾、金子監督には映画を見るための指針を観客に与えるという、初歩的な演出すらできていないのだ。
失恋のショックから、勤め先のデパートでも失敗ばかり重ねてしまうユミだけれど、「大アラビア展」の催事場で、“願いごとをかなえる壺”を発見して、思わず「願いごとをかなえてよ」とつぶやく。煙とともに壺の中から現われるアラビア衣裳(でも顔はどう見ても日本人)の中年男(竹中直人)! ……竹中直人についてはどうにもミスキャストなんだけれど、どこがどうかって言い出したら「全部」ってことになっちゃうから、あとで部分的に詳述しよう。まず登場シーンでユミからも「どう見てもただの日本のオッサンじゃないの!」と突っ込まれるギャグが自虐ギャグ・楽屋オチとしても全然利いていない。 壺男(「壷次郎」と名乗るシーンがあるが、ラストのテロップは「壷男」)は、ユミの願いごとを一つだけかなえると言う。信用しないユミは「今すぐラーメンが出せる?」と聞くが、壷男は本当にラーメンを壷から出してしまう。慌てたユミは、「願い事を変えて!? やっぱりエルメスのバッグをちょうだい……ううん、別れた恋人を取り戻したいの!」と本音を。ここで先の指針が見えていないことがもうひどいマイナス要因になってしまう。ユミのこのワガママに全く感情移入ができないのだな。 壺男は安請け合いをするけれど、どうも様子がおかしい。実は「人の心を変える」願い事だけはしちゃいけないことになってるのが後で判明するのだが、それも「まずはサトル君に会おう!」と慌てる壷男の様子から見てる客には歴然。ユミにだけそのことが分らないのはやはりご都合主義で、彼女がますますバカにしか見えてこない。だからヒロインの描き方間違ってるってば。 サトルの家に着いたものの、家政婦さん(石野真子!)は「サトル様はオーストラリアへ旅立ちましたよ、まるで何かから逃げるように」と伝える。このときの石野真子の演技は臭すぎず真実味があって、さりげないけど名演。けれど、「ホントは別にサトルは逃げてるわけじゃない」という描写が事前にないからホントにサトルがユミから逃げたように見えるんだよね。これも演出の失敗。
この後、居酒屋でユミがヤケ酒をあおるシーンや、壷男がテレビに登場してユミをオーストラリアに行くように誘うシーンなどは全部ムダで逆効果。このシーンのあとでどうしてユミがサトルを追いかけて行くことを決意するのか、全然つながらない。ここはスパッと間を置かずに猪突猛進させた方がずっと自然だし、テンポも出る。ここまで脚本も演出も基礎的なことがわかってないと、殆どシロウトだよ。 それにここで登場した長老(古田新太)、壷男に「また女に惚れたな?」と言うんだけれど、これホントに竹中直人がイヤらしい中年にしか見えないからシャレにならんのだ。ユミのことが好きだけど、縁の下の力持ちに徹するしかない純情男って風に演出したいんなら、竹中直人だけは使っちゃダメでしょ(-_-;)。これ、まだ本物のアラビア人使った方がマシだよ。チャダ呼んで来い、チャダ。 。意志に反して、なぜか壺男を道連れに・・・。
辿り着いたのはオーストラリアのブリスベン。俯瞰のシーンがないからどこがどうオーストラリアなんだかよくわかんないが。日本ロケで熱海でもよかったんじゃないか。どうせビンボ臭い日本映画なんだからとことんビンボ臭く作ってみたほうがかえって笑えるものができたかもよ。 ユミと壷男がカフェで食事をしていたときに、インチキ手品師に財布を盗まれて、二人は一文無しになってしまう。仕方なく厨房でのバイトを始めておカネを稼ぐ始末に。ユミに悪態をつかれながらも、壺男は「大丈夫〜♪」と脳天気な歌を口ずさんで、カフェや通りの人々を巻きこんで陽気にミュージカル! ……ってここまで全くミュージカルシーンがなかったのはどういうわけ? しかも厨房のシーンはともかく、通りに出てからワンブロックも動かないでどこがミュージカルかね。で、なにがヒドイって、まず第一に竹中直人のダンスがいつもの竹中直人踊りで、全然ミュージカルになってないこと。バックと絡んでないんだよ。更に優香がこのミュージカルシーンに全く参加しない!(っつーか最後まで殆ど躍らない)スケジュールの関係なのか、本人が躍れないのかどうか知らないけど、ヒロインが踊らないミュージカルってあんまりじゃない? もうこの時点で私はこの映画、完璧に見限った。
後のストーリーは書くのもめんどくさいので簡単に。 壺男が強盗犯から強奪してきたオープンカーで二人はメルボルンへ。強盗一味に追いかけられるシークエンス、ここもタルイ。ここにもミュージカルシーン入れなきゃウソだろ。 途中で寄った美術館で壺男が『千一夜物語』の干二夜目の登場人物だということが判明。人間のお姫様に恋するあまり、魔界の掟を破ってその愛を魔法でゲットしようとしたために、罰として壺に閉じこめられたのだった。 ようやくとある病院でサトルに会った二人。サトルは実は死にかけた幼馴染のエリコ(梅宮万紗子)のためにユミと別れたのだった。事情を察して帰国することにしたユミだが、最後に壷男に願い事を変えてもらう。「エリコさんの命を助けて!」。 人の命を助けることも御法度の魔界の掟、あわれ壷男は再び壷の中に。そしてユミは壷男の記憶をなくす。けれど壷男は諦めなかった。ユミの本当の願いを自分は叶えていない。そして壷男は姿を変え、再びユミのもとに……。
このどうしょうもなくつまんない映画で、ラストだけは少なくとも「救い」だなあ、と思ったのは、変身後の壷男を篠原ともえが演じているから。いや、これが竹中直人に見えるのがスゴイんだよ(^_^;)。しかもちゃんと歌って躍るんだけれど、本来、そんな演出は予定されてなかったらしい。篠原ともえ自身が「ここは私にも踊らせて!」と自分で振り付けて踊ったんだそうな。……篠原ともえの方が金子修介よりよっぽど映画がわかってるよ。『GMK』での篠原ともえもよかったしなあ、彼女に監督させてた方が出来がよくなったんじゃないか。
しげに請われて見に来た映画だったけれど、今年見た映画の中でも最低ランク。いやまあ、最初から期待はしてなかったから傷は受けてないけどね。 とは言え、しげもそんなに期待してたってわけでもなかったらしい。和製ミュージカルはともかく押さえとかなきゃって義務感に近い感じで見たかったもののようだ。エリコの父役で石田太郎さんが出てたんで「やっと名前と顔が一致した」ってのが唯一の収穫だったとか。 あー、読者のみなさん、石野真子と篠原ともえのファンでない限り、これ全然楽しめないと思いますので、ムリに映画館まで行く必要ないです。どうしても見たい人はレンタルDVDが出るまで待ちましょう。私は100円なら買います(^o^)。
マンガ、佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』3巻(講談社/モーニングKC・560円)。 こういう医者ものだとどうしてもマンガとしてどうこうというより、その中身、テーマとなってる医療問題に目が行きがちだけれど、ここはあえてマンガとしてどうかってことを言っときたい。小林よしのりの『ゴーマニズム』と同じで演出がシツコイんだわ、これ。 医療の問題は単純な善悪二分論で語れるものじゃなかろう。少なくとも藤井教授の「臨床能力はなくても研究成果で数百万人の患者を救った」という言葉には説得力がある。そのことを踏まえてなお医者に臨床経験がないのはいかがなものか、と提言するならともかく、ここで作者の追求は止まって、話は別エピソードに行っちゃうのだ。ツメが甘いっつーか、ガクセイの小論文みたいに「こんな問題点については、今後の課題であろう」って実は結論出すの逃げてるのに、エラソウにまとめてんだよな。この手の演出はマンガとしては三流である。 ツメが甘いにもかかわらず、テーマだけはどんどこハードなのをぶちこんできて、今巻から「ベビーER編� 廚世修Δ福� 作者は高砂先生に「リスクを追う覚悟がないのなら子供なんて作っちゃいけないのさ。理屈じゃそうだろ……? 要は理屈じゃ子供は産めねえんだよ」って言わせてるけど、その結論出しちゃったら、その後、ドラマは作れないんだけどね。本来。だってリスクがあるってわかってて子供作るバカはいないんだから、子供作ってる親は、みんな甘い夢見てるか、何も考えずに子供作ってるって言いたいんでしょ? つまり、「人間の命なんてテキトーに作られてるだけで、もともと何の価値もない」という結論を出しちゃってるのだ。で、そんなこと言った後で、どんなに人間の尊厳だとか命の尊さとか言ったところで、キレイゴトにしかならんやん(^_^;)。 で、よしゃいいのに「障害児を持つ親の問題」をテーマにしてくるし。こんなの個々の問題で普遍的な答えなんか出せやしない。本家手塚治虫の『ブラック・ジャック』がうまかったのは、「医者はなんのためにあるんだ!」と叫びながら個々の病気については、それはそれ、あれはあれ、と割り切って描いてた点にあるんで、このマンガのように妙に普遍性を持たせようとすると、まず間違いなく失敗するんである。 あるとき、ブラックジャックは無頭症の赤ん坊を、母親にそれと知らせず殺した。育つ見こみのない子供を親に抱かせるわけにはいかなかったからだ。ドクターキリコだけでなく、ブラック・ジャック自身も「黒い医者」であることを示すエピソードだった。医者は時として悪魔になるしかない。そこまで踏みこむ勇気がこの作者にあるのかな? どうもこの作者、そこまで踏みこもうってリスクを回避しそうな気がして仕方がないんだけどね。「研究か臨床か」の問題に結論出さなかったとこ見てもね。
2001年11月22日(木) 親の死にメよりアニメ/アニメ『ナジカ電撃作戦』MISSION 007/『MISTERジパング』7巻(椎名高志)ほか 2000年11月22日(水) 今日は眠かった……イツモのことだけど/『ルパン三世カルト2001』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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