無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2002年01月25日(金) 遊び倒す病人夫婦。バカである。/映画『修羅雪姫』

 まだ本調子ではないが、なんとか仕事には復活。
 周りの同僚、気を使ってくださる人と使わない人と、キレイに別れる。まあ、休み明けにはよくあることだ。
 過去の日記を読み返してみると、ホントに一月に一回くらいは病気で仕事を休んでいるので、実際に職場に迷惑をかけてることはかけてるのだが、それでも若いときのように無理して仕事に行くことはしなくなった。
 なんつーか、「私がこんなに頑張ってるのに」って僻んだ目でしか病人のこと考えない人間のことを気にしたって仕方がないっしょ。

 下血はもう2週間近く続いたままだ。
 うどんや雑炊とか、消化にいいもの食っても血は出てるので、多分、どっか腸内の内壁のどこかが破れてるんだと思うが、薬を飲んで自然治癒を待つしかないんである。
 要するに安静にして寝てるしかないんですけどね。仕事してて「安静」になんかできるわきゃないってば。でももう、これ以上は休めないから、たとえ下半身が血塗れになろうと、気張って行くしかないんである。
 とか言って気張ってたら、ああ、また下血が……(´o`;)。


 迎えに来てくれたしげも、まだ体調がよくなってない。
 「今日、映画行けないっぽいよ」
 「どうして?」
 「職場の飲み会があるから」
 「行きたくないから断ったんじゃなかったの?」
 「……風邪引いてたのに、そんなこと伝える暇なかったよ」
 「じゃあ、俺一人で映画に行くしかないなあ」
 しげは無言だが、淋しそうである。
 

 しげが仕事に出かけたあと、出かけようかどうしようか迷うが、結局行くことにする。見たい映画が目白押しなもので、チャンスは逃したくないのだ。
 もっとも、できるだけしげが「おいてきぼりにされた!」と悲しんだりしないやつを選ばねばならない。
 悩んだ末にAMCキャナルシティ13で、映画『修羅雪姫』。
 これも釈由美子主演なので、しげが「私をほったらかして若い女に走った」とか文句つけられる心配がなくもないが、私はそれほど釈のファンってわけでもないので、この程度は許してもらいたい。
 小池一夫(誤字ではない。当時は「雄」ではなく「夫」を使っていた)、上村一夫の原作とは時代設定を変えて、近未来SFアクション(という触れ込み)として仕立て上げたとのことだが、それでも小池一雄テイストを充分残しての映画化だ。……良くも悪くも。

 冒頭でテロップが流れる。
 「“その国”では、500年にも及ぶ鎖国政策が今も続けられていた。世界から孤立したまま、希望も絶望もなく、静かだが淀んだ空気が“その国”を支配していた。
 隣国で古来より近衛兵としてミカドに仕えてきた建御雷(たけみかづち)家は、帝政の崩壊とともに祖国を追われて“その国”にたどり着き、反政府組織の鎮圧組織として政府に雇われたが、やがて金さえ受け取れば誰をも殺す暗殺集団と化していた」……。

 脚本家がどんな設定を思いつこうがそれは自由というものだが、どうもこの、舞台が日本なんだか朝鮮なんだか中国なんだかよく解らんというのは、なんだか中途半端に感じられて、ちょっとノリにくい。
 パラレルな設定、というよりは全く時間軸、空間軸の異なる設定としたいならば、ディテールにも拘らねばウソである。
 ともかく登場人物は日本語を喋ってるんである。
 ではここは日本なのか。
 いったい現実の日本とはどこで時間軸が分かれたのか。
 「隣国」とは日本の一部か。「タケミカズチ」ということは出雲系か。となると日本の中に出雲王国があったということなのか。ならば歴史が分かれたのは千八百年くらい昔か。
 「鎖国」してるはずなのに、銃器やテクノロジーだけは発達してるのはどうしてか。オランダ経由か? 銃の種類はよくわかんないけど、どう見たって「日本製」じゃないぞ。アメリカや中国との関係はどうなってるんだか。
 この辺の設定はあまり凝りすぎずに、単純に「近未来」にしとけばよかったんじゃないかと思う。設定を見せるのが映画じゃないんだから。だいたいこんなテロップがなくったって、映画の中には入りこめる。

 建御雷家の次期党首・雪(釈由美子)は、自らの感情を抑圧し、冷徹に人を殺す刺客として育てられてきた。
 ある日、彼女の前に空暇(くうか/沼田曜一)と名乗る老人が現れ、雪の母・亞空(あぞら)を殺したのは、建御雷家の現首領・白雷(びゃくらい/嶋田久作)だと告げる。

 こういう物語のお約束として、「あの子が○○歳になった時に真実を告げる」ってのがあるんだけれど、もちろん、「もっと早く告げるか、敵の中に置いとかないで、早いとこかっさらっときゃいいじゃん」というツッコミはなし(^^)。
 敵に育てさせてた方が安上がりってことで納得しよう(していいのかよ)。


 建御雷を抜けた雪は、偶然、反政府組織の活動家である隆(伊藤英明)のアジトに転がりこむ。警戒する隆を見て、いったんはこの家を出た雪だったが、追っ手との死闘で空暇を失い、深く傷ついた雪は、再び隆のもとに身を寄せるしかなかった。

 まあ、ここからがラブコメになっちゃうのが小池一雄(^o^)。
 戦いの合間のほんのつかの間の夢ってやつだね。
 でも、定番つーか雄約束過ぎてて、感動には程遠い。釈ちゃんもせっかくのナイスバディ、背中しか見せないし。せめてハミチチ(何を言ってる)。
 でも「このまま二人で逃げよう」はないんじゃないの、イマドキ。
 『人狼』の時はこのセリフが実に捻って使われてて感心したもんだけど、こういう陳腐なセリフ、よっぽどアイデアがないと、話の流れ阻害するだけなんだけどなあ。

 そして最後の戦いにってことになるんだけど、アイドルにしては釈由美子、たしかに体を張った演技をしている。
 肝心のアクションシーンはほとんど吹替えで、しかも男だってことがバレバレなんだけど、それでも走ったり飛んだりの結構な部分、決めのポーズも釈ちゃん本人がある程度やってるのは事実だ。だから吹替えシーンとの繋がりにそれほど違和感がない。
 こないだCSで見た『スケバン刑事』なんかとは比べものにならない出来のよさだ。
 何より、アクションの見せ方、アングル、カット割り、スローモーションとの切り替え、演出が凝ってて、もう『RED SHADOW 赤影』は『修羅雪姫』の爪の垢でも飲んでろってくらい。
 でもそれしか誉めるところがないってのも事実だしねー。
 隆の妹のエピソードとか、佐野史郎の存在とか、ムダだし。
 もちっと話をスッキリさせて、ホントにアクションだけで見せていったら、もっとハマれただろうに、そこが惜しかった。


 映画が終わったのが11時過ぎ。
 しげもそろそろ宴会終わってるかと携帯に連絡を入れてみるが、まだ遊んでいる様子。
 「今どこだよ」
 「え? スターレーン」
 「……ってボーリングかよ! じゃあまだかえって来れないな? 先に帰っちゃうけどいいか?」
 「ああ、わかった」
 ……具合悪かったんじゃなかったのか……って、映画見てる私も妻のことは言えんのだが。
 

2001年01月25日(木) 思い出したが私は電話恐怖症だった/映画『アヴァロン』ほか



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