無責任賛歌
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| 2002年01月18日(金) |
バンパイアの夜/『ビッグマックプリーズ!!』(小屋一平)/『光の島』1巻(尾瀬あきら)ほか |
今朝もトイレに行ったら、食事の量減らしてるってのにまた血便。 と言うか内容物がないから、血がただ流れるだけなんだよねえ。 いったいどこまで続くんだろうか、この下血道は。 ……こういう言い方するとなんか『子連れ狼』の「冥府魔道」みたいね。違うか。 貧血を起こしているので、眩暈が激しい。 もともと立ち眩みがしやすいほうなんで、できるだけ動かないようにしたいのだがそうもいかない。けれど、仕事をしていて生汗が出てくるに及んで、ああ、これ以上はもう無理だと判断して、仕事は午前中で早引け。
帰宅したあと、ひたすら寝る。
しげが仕事から帰ってくるのを待って、ブックセンターホンダへ。 「……もう12時回ってるじゃん。本屋はもう閉まってるだろ?」 「知らんやったん? ホンダ、時間が2時までになったやん」 それは初耳だが、実にありがたいことだ。 実際、私のように目が悪い人間にとって、昼日中の太陽光はちょっとキツイのである。 夜の闇はしっとりとしていて親切だ。 人の多い街中をしげと二人で歩いていても、我々は群集の中の二人を演じるしかないが、夜は世界がわれわれのものになる。 夜はどうして8時間ほどしかないんだろう。 せめてあと4時間あれば、眠って夢を見るほかにも、目覚めたまま夢を見ることができるのに。 ……しかし昼間は貧血を起こして、夜に動き出すって、ホントに吸血鬼だよな(^_^;)。
ロイヤルホストで食事。 腹の調子が悪いので固いものは食べない。 期間限定のポークシチューがあったのでそれを注文。 しげ、なにやらステーキみたいなのを頼んでいたが、それ以外にも、サンドイッチを追加注文している。 腹が減っていようが満腹であろうが常に口淋しいのはやっぱりココロの病気ではないのか。 しげの希望は「出来るだけたくさんの種類の食べ物をおなかいっぱい食べること」であるのだが、だったら自分で料理がうまくなればいいのに、その努力は一向にしようとしないのである。 料理のレパートリー増やすことが出来たら、小遣いアップしてやってもいいんだが。
小屋一平『世界おもしろ比較文化紀行�供.咼奪哀泪奪�プリーズ!!』(心交社・1575円)。 大げさなこと言うかもしれないけど、このシリーズ、200年経ったら、この時代の『奥の細道』たりえるんじゃなかろうか。 第一作の『トイレはどこですか?』はまだ読んでないんだけれど、この二作目のおもしろさから推測するに、やはり相当な傑作である気がする。 その国の文化を説明するのに、その国固有のモノを挙げたエッセイは数多い。 日本で言えば、神社仏閣、フジヤマゲイシャにスシテンプラ、マンガやアニメにテレビゲーム、時代は変われど、そこに我々はどこか「ジャパン・アズ・ナンバーワン」のナショナリズムを見出していたりする。 ぼったくりバーやホテトル、公衆便所の落書きやロリコンアニメに「日本らしさ」を見出そうなんて考察はあまりなされない。 「マクドナルド」や「コカコーラ」だってそうだ。 このアメリカ資本であることがハッキリしている文化、ある意味、世界中を文化侵略していると言ってもいいものを、「その国の文化の産物」として見て行こう、という試み、これってこれまで皆無だったんじゃないか。 チキンタツタって日本だけのバーガーだったんだよなあ。そりゃ「竜田揚げ」なんだから当然だったんだが、そう指摘されないと、いちいち意識するものでもない。 中国の「黒胡椒バーガー」。 韓国の「プルコギバーガー」。 スペインの「マック・エキストラ」。 ギリシアの「マック・ロイヤル」。 インドの「マハラジャマック」。 タイの「サムライポークバーガー」(笑)。 冗談で書いているようだが、こういうのがホントにあるのである。 それを著者はまさしく「そういうものを食べる」ために旅をし、マクドナルドが普及して行く様子、店の間取りや各国の接客の違い、生活習慣に至るまで、微細に自分の眼で確かめて行く。 以前は発砲プラスチック容器に入れられていたビッグマック、今は簡易包装の紙の箱に変わっているが、あれの発祥がドイツだったとはなあ。 ともかく1ページめくるごとに新発見、再発見の連続である。 この本もまた、身近な、見過ごされやすいものにこそ我々の真実が潜んでいるとする、「考現学」の一書と言えるだろう。……一行知識がずいぶん増えたなあ。 あ、マクドナルドについて触れているのは第一章で、第二章は各国の「コカコーラ」です。……ファンタ・ストロベリーって日本でもどこかじゃ売ってそうだけど。
マンガ、森口豁原案・尾瀬あきら漫画『光の島』1巻(小学館・530円)。 基本的に尾瀬あきらという人は誠実な人なんだろうな、とは思う。 日本酒の未来を憂えたり、三里塚闘争の意味を改めて掘り起こしたり。 かつて『バビル2世』のコミカライズをしていたころがウソのようだ(『初恋スキャンダル』ですら、もう過去の履歴から消したいのではないか、この人は)。
今回のマンガも原作となるルポルタージュがある。 読んだことはないが、森口豁(もりぐち・かつ)という人の『子乞い・沖縄孤島の歳月』(凱風社・1890円)がそれだ。 基本的な話はマンガ同様、日本復帰後、過疎化が進み、一時は人口が20人台にまで落ち込んだ小島、鳩間島(マンガでは唄美島)の小学校を維持するために、島民たちが島外から子供を呼び寄せるという、いささか乱暴な方法をとった過程が描かれているらしい。 「乱暴」とは言っても、島民にとっては切実な意味を持つ。 小学校が廃校になれば、行政に見捨てられ、廃村が決まるということだからだ。 「ムリヤリ呼び寄せられる子供の人権はどうなるのか」との批判ももっともではある。しかし、「島の未来」を考える時、「なりふりかまってはいられない」というのが実情だったのだろう。 廃村が決まって、島を退去したからといって、残された人々が生きて行ける保証はない。行政はそこまで面倒は見てくれないからである。
ルポルタージュはその沖縄行政の杜撰さを告発するような内容になっているらしいが、尾瀬さんはそこまで踏み込んで書くつもりなのだろうか。 今の所、マンガは沖縄の自然を豊かに描き、まずはそこに生きる人々の心の葛藤と、困難を乗り越えようとする強い意志と、優しさとを描いている。 それはそれで実に爽やかな印象を与える。 たった二人の小学生、光と由美。 体の弱い由美が、両親と別れて落ちこむ光を慰めるシーンや、島に来たことの意味を確かめるように走るシーン、その姿には素直に感動してしまう。
しかし、それでも一抹の不安を覚えずに入られない。 似たようなテーマの高畑勲のアニメ、『おもひでぽろぽろ』が、無批判な「田舎賛美」に堕してしまったのと同じ轍をこのマンガは踏みはしないか。 人の生き方はさまざまであるはずなのに、絶対的な「正しさ」を求めはしないか。 全く逆に、たとえ子供を利用しようとしてでも島の未来が大事というオトナのエゴイズム、それを開き直って描くような、「正しい生き方をしているものなど誰もいない」という視点で今後のストーリーが展開されていくのならば、このマンガ、とても面白いものになっていくんじゃないかと思うのだが。
マンガ、ヒラマツ・ミノル『アグネス仮面』1巻(小学館・530円)。 『1・2の三四郎』再び。 描き手は違うが、そんな印象のマンガだ。 しげと結婚した十年前、テレビでプロレス中継を見ようとした瞬間、「アンタってプロレス中継見る人だったの?!」と蛇蝎を見るがごとく毛嫌いされ、隠れプロレスファンであることすらやめてしまった私にとっては、なんとも「なつかしさ」すら感じてしまう。 なんたって時代設定が「昭和51年」だよ。 まだ我々がアントニオ猪木に夢を持っていられた時代だ。 あの「アントニオ猪木対モハメッドアリ」の異種格闘技戦が行われたのが昭和51年6月26日のこと。……かじりついてたよなあ、テレビに。 あの迫力のカケラもない猪木のアリ・キックですら、梶原一騎が「アリのフットワークを防ぐには最高の技」という解説をマジで受け取っていたのだ。……だからチューボーだったんだよう(-o-;)。
主役は海外武者修業から帰ってきた山本仁吾。 ところが所属していた大和プロレスは、帝日プロレスのマーベラス虎嶋に乗っ取られていた。 大和最後の刺客として虎嶋に挑んだ山本だったが、赤子の手を捻るように返り討ちに会う。 そして、ムリヤリ「アグネス仮面」という名のマスクマンにさせられてしまうのだ。 「キミの故郷はどこですか?」 「埼玉県だ!」 「埼玉県はブラジルに近いな!」 「近いわけないだろ!」 「福島県よりブラジルに近い!」 「うっ…確かにそれはそうだが」 「それじゃあキミをブラジル出身と言っても間違いではないな」 「ぜーんぜん違うっ!!」 でも、これで「アグネス仮面」にされちゃうんだからなあ(^o^)。 でも案外、現実のタイガーマスクもウルトラマンもウルトラセブンも獣神ライガーもこんなノリで生まれたんじゃなかろうか。 プロレスは夢である。 たとえそのほとんどがヤラセであり八百長でありショーであったとしても、それが芸として完成されていれば、それを評価して何が悪かろうか。 ……だからたまにはプロレス見せてくれよう(ToT)。もうゴールデンタイムでやることなんてないんだからさあ。
2001年01月18日(木) はな゛がつま゛ってくるしい/アニメ『ジャックと豆の木』ほか
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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