終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2007年09月08日(土)

遊び回り@覚え書き

・歌舞伎「壇ノ浦兜軍記 阿古屋」(歌舞伎座)
玉さまこと玉三郎を見に行ってきた。
いやもう、だめだ。やられた。すげー。
小林秀雄なら、美しい女というものはある、女の美などというものはない、
とか言いそうだが、いやそんなものではない。
女形だけが抽出し昇華しうる女の美というものをたっぷり見た。

筋を言うなら、戦に勝った源氏は、平家の公達・平景清の行方を求めて
その愛人、遊女の阿古屋が厳しい詮議にかける。
それでもあくまで知らぬ存ぜぬと言い続ける阿古屋に、
秩父庄司重忠は琴と三味線、胡弓を弾くように命じた。
うそをついていれば音や調子が乱れようというもくろみだったが
阿古屋は見事に三曲を弾き終えて、とがめなしとされる…。

見所は、実際に舞台上で三つの楽器を奏でるところなのだが、
いやまったく大したものだったのだが、感動したのはそこではない。
重忠は、演奏のあいまに阿古屋に問う。
「景清とのなれそめは」「戦の後に忍んできたときの様子は」
その問いに応える阿古屋の可愛らしいこと。
出逢いの様子を語りながら思い描いて感に堪えぬふう、
思わぬ再会の喜びを語りつつ舞うその切なさ愛しさ。
慌ただしい別離に朱の手ぬぐい噛みつつ立つその姿のいじらしさ。

女の美は真摯にひとを思いうるところにあると得心した。
ていうか、これやってんのほんとにオッサンだよね!?
楽器が琴、三味線、胡弓ときたのもまったく絶妙だ。
琴は知性に勝り、三味線は情と意、胡弓は真情を歌って余すところない。
日本人の心はこの三つの音色に沿っているのではないかとさえ思えた。


・「ル・コルビジェ展」(六本木ヒルズ・森美術館)
建築とデザインの巨匠の全貌が見えた。と言っていいのか。
個人的にはユニテ・ダビダシオンという集合住宅がお気に入り。
支柱で建物全体が持ち上げられた構造は、
なんというか縦に育ちすぎたネコバスのようだった。
一緒に行った悪友に「これ絶対動くよ、歩くよ」と力説して失笑を買う。

それからロンシャン教会。
コルビジェにとっての宗教建築はひとつの歌のようだ。
音源から導き出される音を遠くまで伝えるような構造をしている。
まさにこのように。「すべてのひとの聞け」
あるいは最後の日のラッパのように。
あの無数の窓もまた歌のようだ。

あとはまあ、人間工学のはしりのような計測法に感心する。
そしてコンクリートが石のように永続するものならいいのにと思う。


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