終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年11月05日(日)

振ると面食らう=フルトヴェングラー

といってそんなに聞いたわけではない。
オペラ『ドン・ジョヴァンニ』を見ただけだ。
そんで面食らったかというと、いやーそれほどでも。

このオペラ自体はずいぶん昔に見たことがある。
そのころから不思議というかなんというか。
2幕(だと思う)のうちのほとんどの時間は愚にもつかない喜劇である。
スケコマシが女をくどき、以前にふった女に逆襲され、
言い寄った女の婚約者に噛みつかれ、まあなんというか。

それで、最後にあのオチだ。
石像の出現は、現世的な悪ふざけの延長にあるが、
その出現そのものはとりかえしがつかない種類のものだ。
この瞬間、それまでの喜劇が実際は悲劇だったことが明かされる。
それは実際、カミソリで切り込んだようなパラダイム・シフトだ。

繰り返す、最後を悲劇にしてオチをつけたわけではない。
このオペラが人口に膾炙している理由は音楽の妙にあるが、
その音楽そのものが、最後の瞬間に恐るべき偈として突きつけられる。
明るい輪が縮まっていって最後に反転する感じ、あの足音。
この薄気味の悪さ、このぎらつく異界めいたもの。

バッハとは異なる俗で破壊的なまなざしがある。
「やさしい黄金の厳粛」にほとんど興味はないが、
『ドン・ジョヴァンニ』を最初に頭に鳴り響かせた
死に憑かれたモーツァルトには興味がある。

GGのへんなモツでも聞くかなあ…。


「俺はまっすぐな道を見失い、暗い森に入り込んでいた」
そんな感じがある。


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