終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年10月10日(火)

最初の疑問文(否定):

 ルイネロのもとに一風変わった客があらわれたのは、十月半ばのある日の夕暮れのことだった。トラペッタには西の山々からそろそろ冬の気配を帯びた風が吹き降ろす季節で、夜ともなれば戸外を出歩くものは稀だった。
 水晶玉を机の上に置いて、ルイネロは客人が向かいの席につくのを待った。確かにそれは変わった男で、目深にかぶったフードとその下の厚みのある体つき、また腰に下げた剣からすれば、身分をしのぶ貴族か騎士と思われた。
「それで、お客人。あなたの問いはなにかな」
 ルイネロは単刀直入にたずねた。占い師らしいもったいぶったような身振りや話し方は、かれからはもっとも縁遠いものだった。彼はただの先見であって、問いを聞いて答えるべきは答え、そうでない場合には黙って戸口を指すだけだ。思わせぶりなやりとりやはったりは、かれにはまったく不要なものだった。そうした飾り気のなさはむしろ彼の矜持でさえあった。
「稀有の占い師なら、私の問いも言うまでもなかろう」
 男の言葉に、ルイネロは不機嫌に肩をすくめた。
「問いのない答えはない。求めぬ目に答えは目の前にあっても見えん。あんたが問おうと問うまいと答えは見えるだろうが、だがあんたの問いがなければ、それはあんたの答えとはならないだろう」
 男は奇妙に笑った。満足なようにも、そうでないようにも見えた。男は座りなおし、姿勢を正した。ルイネロは続く言葉を待った。
「私は問う」
 身分を明かさぬ男は言った。
「私は問う。私がこれからどうするべきなのか」
 ルイネロは黙って両手の指を体の前に組んだ。男は続けた。
「私は問う。いもせぬ神を畏れありもせぬ信じ救いを専一に求めようか。泥のごとき富をむさぼり権力に阿り媚びへつらおうか。野に下り人の世を離れて苦いばかりの草の根を糧としておぞましくもやせ細ろうか。市井に交じり人間の背丈にまで縮められた善悪にまで身を屈めようか。剣をもって一切を断ち切って彼我の血のうちに愚かしい望みを果たそうか。何をも省みず営々と石を積み槌を振るってせめて何ものか残そうとする妄念に身をゆだねようか。歳月とともに腐り果てる愛欲のうちに逃れ安逸をむさぼろうか」
 問いはよどみなく男の口から流れ出て、ルイネロを押し流すようだった。すべての可能性をおしなべて語りつくさねばならぬ強迫的な気配さえあった。ルイネロは口を引き結んで答えなかった。男は続けた。
「誰にも従わず己が卑小なる独立を誇ろうか。人とみれば春を売る女にもおもねって処世の卑しい巧みを喜ぼうか。何一つ価値あるものなどなきを知りつつむなしい探求に身をやつそうか。世を恐れ人を恐れ無為におちこもうか。なべて世を嘲み笑い怠惰にすごそうか。傷つけるばかりの正論を吐いて疎まれつつ一人正しきを心に頼もうか。根深い憎悪に憑かれて人を害するだけの存在になりさがろうか。あるいはそればかり何を生み出すことも誰を救うこともない諦念に身をゆだね口をつぐみ目を閉じて死を待とうか」
 男は唐突に結んだ。ルイネロはいつしか額に浮いていた汗を袖口でぬぐった。口の中はいつしか乾き、投げかけられた数多い問いのひとつひとつが刃物ででもあったように、体のあちこちを鋭く抉り抜かれたように思った。これはかれの知るいかなる問いでもなかった。それ自体がひとつの目となって占う目を導く問いではなかった。執拗な思考とでもいうべきものだった。
 ルイネロは震える手で輝く水晶玉に布をかぶせた。
「あんたはあんたの心のまま、思うようにするほかない」
 男は立ち上がった。椅子を引く音を聞きつけて、ユリアが戸口にたった。ルイネロは娘にうなずきかけた。
「帰られる。戸をあけてさしあげなさい。お代はいただかない」
 ユリアは扉を開け、そこに深い夜の暗黒に続く四角い闇が姿をあらわした。男は目深にフードをかぶったまま立ち去った。ルイネロはほとんど身じろぎもせずにその背を見送り、扉が閉じると同時に椅子に沈み込んだ。
「おとうさま、どうなさいましたの?」
 ユリアの声は暖かく響いて、ルイネロはようやく人心地がついたように思った。だが凶器のような無数の問いに遭った疲労はまだしばらく続いた。




 以上、一切を否定するものとしての大量の疑問文を挙げてみた。(改変済)
 明日はあれだ、「太陽の男たち」をやってみたいな。



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