- 2006年09月02日(土) それで、僕はどこまで話しただろう。かれについて。シヴァスワミーについて。この地における神にして、死者を食うものについて。 僕はいちどもかれの食事風景を見はしなかった。かれにとって、またこの地に住むすべての人々の聖儀であるその行為だけは、僕の目から徹底的に隠されていたからだ。ただ僕は、寺院の北方にある背の低い、石を積んだ装飾のない建築物がその場所であろうとおぼろげには思っていた。かれは死人の出るつど、数日、ときには一週間もそこにこもっていたからだ。 僕は、かれのいないあいだはのんびりとあたりを歩くのが常だった。絶えることのない草いきれと、熱気と、真昼の死んだような静けさ。その暑さのせいなのか、人々は誰も痩せていて、とりわけ老人たちはそうだった。僕はもう話しただろうか? この土地には奇妙な風土病があって、老人のうち半分は病んでいた。病人たちは一様に動作が鈍く、ときには何時間でも石像のように固まっていた。かれらの言葉は乱れているか聞き取りにくく、病の進んだある老人などはほとんど口をきくことさえできないようだった。 僕がここに来てからの三ヶ月に、シヴァスワミーが食事に入ったのは数度だった。普段のかれは断食を続けている。十日ほどなら少しも苦ではないようだった。かれは混じりけのない水だけを飲み、日陰に座っていつも物思いにふけっていた。かれが寺院の外に出るのは日暮れて涼しくなってからだけで、それはたいていの村人たちと同じだった。 僕とかれがどんな話をしたのか、ここに書くことは難しい。僕らはどちらも互いの言葉についてわずかしか知らなかったのだし、だからといって複雑な話ができなかったわけではない。むしろ、誰も信じなくても、僕とかれはおそらく他の誰にもできなかったほど深くそれぞれの過去や思いや、引きずってきた多くの物事について話し合ったのだ。 だがどんなふうに書けばいいのだろう。かれは言葉よりわずかな身振りやかすかな表情の変化で豊かに多くを語ったし、それについては僕も同じだ。そのようにして受け渡したことは、言葉になるのだろうか? できるだけ平易に語ろう。それでもうまくはいかないかもしれないが。 「アナタ イツカ イク」 かれが言ったことがある。惜しむわけでもなく、ただぽつりと。 -
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