- 2006年02月20日(月) 他人様の小説の書き方を読んで、面白かったので私もひとつ。 プロットというほどのものはないのだが、 アイデアがある。どういう種類のものかはまちまちだ。 セリフかもしれないし、場面かもしれないし、風景かもしれない。 あるいは二次創作であれば、特定のシーンかもしれない。 さて、そういう状況でPCに向かう。 書き始めるのはたいてい、誰かの視界だ。 それは風景であったり、物思いであったりする。 それは家にたとえるなら玄関で、アイデアは奥の間だ。 私はたたきを踏む。靴を脱いで廊下を歩く。 窓の外を見たりもする。私が書くのはその家の空気と文物だ。 やがて奥の間にたどりつく。そこで一服する。 そして物語が終わったことを知る。 たまーに、宮殿のような長編に入ってみようという気を起こすこともある。 しかしたいてい、奥の間にたどりつかずに終わる。 終わるっていうか、そろそろおいとまする時刻になる。 で、その間、PC前の私が何をしているかというと。 これはアレだ。いないも同然というかむしろいないから。 何も言わない。何もしない。何も聞かない。 意識の核は物語の中にあって、時がくるまで帰ってこない。 はたから見たら、ただの痴呆症だろうなァ。 なんにせよ物語は私にとって大切なものだが、私の役には立たない。 「詩人は美しい夢を見るが、それは自分自身のためではない」 誰だっけ、こう言ったのは? 正鵠を射ているよ。 「詩人は、口のあたりの作りのせいで、悲鳴が歌に聞こえる人種である」 これは誰か覚えている、セーレン・キェルケゴール。 虫歯だ…。 歯医者嫌いだ、医者も嫌いだ、先生と名のつく人種が嫌いだ! だが虫歯だ! ああああ!!!! -
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