終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2006年02月17日(金)

普段は出張しているヒマがないので、土日に出張しています。
ン? なんか変か? いや別に変でないよな。


もっと若かったころ、ある種の行儀に対し、私はきわめて厳格だった。
例えば15分待たせたという理由で友人と絶交したし、
スパゲティの食べ方が汚いという理由だけで男を振った。
今は丸くなった。ともかくカッとして全てをぶち壊すことはしなくなった。

さて、会話というものの困難さを考える。
私自身についていえば、いっこう節操がないので、
それこそスカトロでもメンヘルでも流血でもかまわない。
文学でも動物行動学でも精神分析でも政治でも、浅い知識で対応可能だ。
ヘタをすりゃ、どこへでも流れていってしまう危険がある。

会話を「ある一定の期待の範囲内」で行なう流儀の人もいる。
つまり主題や反応に限界と節度を設けた中での対話を会話と呼ぶ人だ。
良識的で誰でもが快く対応できる心地よい場がそこに生じる。
もちろん放縦を望めばたちまち壁につきあたったりするわけだが。

良し悪しの問題ではない。結局、人間は自分にできることしかできない。
自在は傲慢と紙一重で、良識は偏執と紙一重だとわかってればいい。
いろんな人間もいて、自分もまた限界と偏りのある個人だと知ればいい。
その中で、できるだけ多くのひとと話したいと望むなら、こういうことだ。
穏やかに、静かに、臨機応変に、幅広く、誠実に、愛情を持って。

うまくいくことはめったにない。
だがそんなこともたまにはあるようだ。


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