終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年11月04日(金)

自分でつけてみる

取り扱い注意書き:
1:詮索される/触られる/待たされる―のが嫌い。
2:娯楽性のない/建設的でない/自分語りに終始する―会話が嫌い。
3:三度の飯/恋人/友人/親兄弟親戚―より仕事優先。
4:年齢/地位/立場/職業―において社会的適応、義理堅さを重視。
5:疲れた/手負い/うまくいかない―時ほどほっといて属性強化。

備考:基本的に「お一人さま」上等、荒野の一匹狼属性なので、
プラス要素(楽しい、勉強になる、仕事に役立つ)がなければ交際しない。
頭がいい、一芸がある、美人、人間データベース大好き。
舞台と同様に最初の15分が勝負と認識し、楽しませ楽しもうとするが、
ダメな場合はできる限り速やかにお別れするべく人知れず努力する。
回りを笑いの渦に巻き込んだ瞬間に感じる満足感はまさに関西人。


どうですか、友達になりたいですか?
私はなりたくないなァ、
健康で気分のいい時しか相手になってくれない友達なんてさ。

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 クラヴィーアの最後の音色が広間を去ったとき、もう音楽家の流行遅れの上着やほこりだらけのズボンを気にする聴衆はいなかった。壁際に控えた管弦楽団もまたそれぞれの楽器に沈黙を強いて、聴衆の一部となる喜びにひたっていた。ゼバスティアンは、ほっと深い嘆息を漏らすとまだ消え去った音色のうちに憩うような穏やかな顔を上げ、王の方に視線を向けた。
「素晴らしかった」
 王は囁いた。鏡を張り絵画を飾った広間の絢爛たる空間は慎み深くなりをひそめて君主の賛辞を響かせた。音楽家は立ち上がり、頭を下げた。その傍らに立つ若い楽士も誇りと音楽の喜びに上気した頬で父親にならった。
「もしも、そなたが疲れていないなら」王は立ち上がった。「このささやかな館を隅々まで案内しよう。幸いにしてわが国にはオルガンからクラヴィーアまで、鍵盤楽器であれば余人の追随を許さぬ名高い製作者が住んでおり、私のもとにも幾らかその楽器がある。興味を持ってくださると信じるが―」
 そして、もちろんゼバスティアンは承諾し、王は自ら先立って歩き出した。黒檀のクラヴィーア、木目込み細工のピアノフォルテ、しかもそれは美しいばかりでなく、ゼバスティアンの軽やかな手と指にかかって、たぐいまれな音色を響かせた。鼈甲と銀の象嵌の小ぶりのクラヴィーアで、とうとう王は若い楽士を押しのけると、自分から譜めくり役を買って出た。
 かつて自身作曲し、王が御前での演奏を所望したそれらの曲を引き終えて、ゼバスティアンはふと顔を上げた。一群の貴婦人と貴族からなる聴衆はすっかり王に忘れ去られ、扉の向こうに立つばかりだ。
「陛下、お許しを頂きますれば、即興曲を演じたてまつりたいと存じますが」
 王は喜ばしい申し出に目を輝かせた。
「まことか。そなたの息子はよく、そなたが惜しげもなく即興曲を演奏しその響きが永遠に消え去って書きとめられぬことこそ世の損失と申していたが。それは興がのったときにしか聞けぬとも」
 ゼバスティアンの指先が豊かな和音を響かせた。ついで。
「これほど音楽を愛してくださる陛下の御前で、どうしてわたくしめの音楽の魂が喜ばぬということがございましょう。どうぞ、陛下。お申し付けください。陛下の御ためにこそ新しい歌を演じる栄光をおあたえください」
 王はゼバスティアンのそればかり老いた青く澄んだ瞳を見つめた。それは王にとって不思議な瞬間であり、不思議な深い感慨をもたらした。
「よかろう」
 王は手を伸ばし、鍵盤の上に置いた。指先がひとつの短い旋律を落とし、ほんのわずかな距離をへだててゼバスティアンの顔をのぞきこんだ。
「さあこれが私の贈り物だ。我が宮廷作曲家よ、この主題は短く素朴だが、私が幼いころから愛していた音の断片だ。この音は、私がまだ乳母車から出てそれほどもならぬうちに私の心を捉え、今もって私の心から去ろうとはせぬ。ながいあいだ私の心の秘密であった。だがそなたの魔法にかかってどのように変容し、形を得るのか知りたい。役目は重いぞ」
「まことに。よく果たしうるよう、神の慈悲がありますることを」
 ゼバスティアンが微笑した。それは不思議に内面的な、表情とさえいえないほどのもので、王はひっそりと息を抑えた。音楽家の眼差しは鍵盤の上に向けられ、髪粉をつけたかつらに威儀を正した頭はわずかし傾ぐ。遥かに遠い何かに耳を澄ませるよう。
 沈黙はどれほども続かなかった。鍵盤の上の指は揺らぐように動き出し、始まったのは完全な、わずかも隙のない、しかも複雑な転調をくりかえして次第に高みに至る完璧な四声フーガだった。先ほどの主題が一滴の水であるなら、しき広げられ積み重ねられる音楽は大河、それとも大海。確かに主題にもとづき、そのうちに存在していたあらゆる情感と思想を豊かにまた余すところなく歌い上げてゆく。二段鍵盤の黒鍵は演奏者の技量に応えてすべての音を明瞭に歌いかつ語った。
 若い楽士は、この音楽のほとばしる流れにさらわれかけながら、ふと顔を上げてびくりと我に返った。クラヴィーアの傍らに立つ王は不思議なまでに目を輝かせ、しかもここにあるものは何一つ見えてはいない気配。うちなる想いが押し寄せ、視界もろとも意識をさらっていったかとさえ思われた。
 音楽は余韻を引いて消え去り、クラヴィーアの前の音楽家はそっと身を起した。だが王は身じろぎもしない。当惑したさざめきが広がった。
「――まことに」
 王はようよう囁いたが、それを聞き取れたのは二人の音楽家だけだ。
「まことに、そうだ。忘れていた。――なんということ」
 ゼバスティアンを見た王の眼差しは遠い昔を見るような傷ましさに満ちている。ゼバスティアンは頭を垂れた。
「ようやく思い出した。音楽とは、このようなものであったな」
 王の言葉に再び扉の向こうの人々はこの異例の賛辞にさざめいたが、ゼバスティアンはただ微笑しただけだった。
「いたみいります」
 王は気だるく微笑し、扉の前に立つ士官を見た。
「わたしは少し、楽長と話をしたい。誰も、下がれ」
 それから、王は若い楽士を見た。
「そなたもだ。しばし、扉の外で待て」
 それは明らかに命令であった。楽長は、息子が不安げな面持ちで立ち去り、やがて重い扉が閉じるのを見送り、静かに王に向き直った。


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