終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年10月12日(水)

史実によると、サロメの人となりと生涯はごく静かなものだ。
『サロメの変容』(井村君江著)によると、ヘロデアの娘サロメは
ユダヤ史において、最初の夫に先立たれ後は別の男に嫁ぎ、
三人の息子を得たという簡潔で静かな記述があるばかりという。
また福音書の記述にあっても、話はそれほど大きく変わらない。
サロメはそこでは母のいうままに行動するただの小娘にすぎない。
現在一般に彼女のものとされている強烈な意思や妖しい官能性は、
十九世紀、オスカー・ワイルドによる戯曲の印象に帰されるだろう。
彼は男を誘惑し破滅させる魔性の女(=ファム・ファタール)として
サロメを描き出し、以後はそのように認識され表現されてきた。

それで、私は私のサロメによって何を書きたかったのだろうか。
私のサロメ、十二になったばかりの鼻ったらしの知恵遅れ、怯えた子供。
ヨハネの激越さの中の慈しみを知り、ヨハネを愛し、また愛される。
ヨハネを救うために立ち上がって踊りだした彼女の中で何が起きたのか。
そしてそのあと、何が起きるはずだったのかはわからない。

いずれにせよ、私のサロメは魔性の女の部類には入るまい。
史実の通りでもなければ、福音書の通りでもない。
彼女は私の分身だったはずである。
彼女は何を背負い、何を表現しなければならなかったのか?
中学生の頃の私に聞いてみたいもんである。



それで、昨日、「黒い絵」について愚痴を書いたら、
何人かの方からリアクションを頂きました、うれしい…。


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