- 2005年10月10日(月) 「ヘロデの誕生日の祝に、ヘロデヤの娘がその席上で舞をまい、 ヘロデを喜ばせたので、彼女の願うものは、なんでも与えようと 彼は誓って約束までした。 すると彼女は母にそそのかされて、 『バプテスマのヨハネの首を盆に載せて、 ここに持ってきていただきとうございます』と言った。 王は困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人たちの手前、 それを与えるよう命じ、人をつかわして獄中でヨハネの首を切らせた。 その首は盆に載せて運ばれ、少女に渡され、 少女はその皿を母のところに持っていった。」 『マタイ伝』より サロメについての物語を書いたことがある。 まだ中学生のころのことだ。 私のサロメは十二、知恵遅れだった。 彼女は町中に逃げ出して道を失い、途方に暮れて、 街路で説教をしているヨハネの足元にうずくまった。 彼女はヨハネを愛し、ヨハネから慈しみを向けられるが、 数日のうちに兵士に見つかって連れ戻され、ヨハネは囚われる。 ヘロデの誕生祝の日、ぐずるサロメは母親に部屋から連れ出され、 宴席の隅に座っている。母親は玉座に王と並んで座り、光り輝くばかり。 ヘロデは妻の連れ子のご機嫌を取ろうと考え、言う。 「もしおまえが踊ってくれたら、おまえの願いをかなえてやろう」 サロメは喜ぶ。彼女は考えたからだ、これでヨハネを救える。 そこで彼女は進み出る。 彼女はふいに知恵遅れではない、十全な人間となったようだ。 明るい松明の炎に照らされて光り輝くようでさえある。 代わって光を失うのはヘロデアだ。彼女は恐れおののく。 娘の美しさに初めて気づいたからだ、咲き初めた花のような美しさに。 サロメは舞う。『平和』というその名、忘れられて久しい概念そのままに。 美しく憧れに満ち、純一な愛情に突き動かされて。 その美しさは花のごとく光のごとく稲妻のごとく、人にさえもはや見えぬ。 彼女が演じ終わったそのとき、ヘロデが立った。 「おまえの願いを叶えよう」そしてサロメは願う。 ここから先を書いたかどうか、私は覚えていない。 伏線の張りっぷりからいうと、多分、ヘロデアが介在して、 ヨハネの首のみが運ばれてくるのではないかと思う。 だがそうではないかもしれない。サロメはヨハネと手に手をとって、 暗い夜の宴の向こうに去っていくはずだったかもしれない。 いずれにしても物語はしまいまで書かれなかったし、 書いたはずの断片も、もうどこかへいってしまって、 取り戻すすべもないのである。 -
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