- 2005年10月04日(火) 苦しみ悶えるようなアンダンテ、歩み惑う二重の弦の響きが重なり合う。同じ空間に広がる波長でありながら、融けあうこともなく打ち消しあうこともない二つの楽器の音が。どちらが主でもなくどちらが従でもなく、ただ絡み合い想念のうちに伸び行くのは重苦しく輝く音の木蔦だ。 騎士団長は真っ直ぐに立っている。遠い大陸から来た二人の老音楽家の奉献の演奏はおよそ比類なく美しいものだったが、マルチェロはどのような表情も浮かべはしなかった。古くからの友と名乗った白髪の音楽家たちがどのような関係にあったにしろ、その間には張り巡らされた相克の糸とでもいうべきものがおそらく抜きがたく存在して、彼らは死を迎える前にそれを神に捧げなければならなかったのであろうと、そう知りはしたが。 だが苦悩も救済を求める心の真実も、このマイエラではありふれていた。そうしたものは各々の心にあってはまこと代え難く貴重なものであろうが、ことマイエラでどこにでも転がっている。少しも珍しくはないものだ。 彼らはマイエラには来るべきでなかった、と、マルチェロは考える。世界のどこにあってもこうした苦悩は丁重に扱われたであろう。そんなに繊細に、そんなに愛着と心からなる悔恨をこめて歌われる二重唱の苦悩は、だが、ここではただの歌だ。ただの歌にすぎない。ありふれた涙と大差ない。 マルチェロはなにげなく堂宇を見渡した。騎士たちのうちには居眠りをしているものもあれば、聞き飽きた古臭い歌を聴かされているとでも言いたげにぼんやりと虚ろな目をしているものもある。そのなかに一つ涙に濡れた顔を見出して、マルチェロはわずかに眉を寄せた。 泣いているのはククールだ。つい先ごろ騎士になったばかりのまだ少年の面影を残す顔は、普段の気取った様子をかなぐり捨てて、涙を流している。ことさら悪ぶるのは己へのあてつけと知ってはいたが、この時はその余裕もなく感情にさらわれ、頬を濡らし、嗚咽を殺すのが精いっぱいとみえた。 マルチェロは無表情を貼り付けなおして前に向き直った。そうしながらも、奇妙な動揺、奇妙な怒り、奇妙なそねみが胸のうちにあることを自覚する。どれほど苦しめ、どれほど悪意を植え付け、絶望を叩き込もうとも、あの弟、ククールは少しも変わりはしない。人の弱さを憐れみ、真実の悔悟に狎れることもない。同情は持って生まれた資質で、だからこそオディロに愛される。マルチェロを見るときは深い情愛をたたえつつもあわれみと懸念に曇るあの眼差しが、弟に向かっては明るく信頼を持って注がれる。 このような怒りは間違っているのだ、とマルチェロは考える。無私の人は、確かにその愛情を正しく分配している。地位の上ではどのように私が抜きん出ようと、ククールは確かにそれ以上のものなのだ。理由は血筋などという下卑たものではない。ただその魂のありようにおいて。 「だが、それを私は否認しよう」 マルチェロは低く、誰の耳にも届かぬよう低く呟いた。 「あらゆる理に逆らって否認しよう。私が正しいと訴えよう。神の前でさえ」 しかも、と、マルチェロは胸のうちで付け足す。私は私の言葉に関わらず、わたしが間違っていることを知っているのだ。常に。いつも。不断に。しかも否認し続けるのだ。楽の音が絶えた。マルチェロは立ち上がった。 音楽と絶望。ボツ(フッフフ) 音楽にからめるようとしてじたばたしていたが、 とんでもムリとわかったのでもうやめる。 というわけで、いろいろ書こう。書かなきゃだめになる。 -
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