終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年09月11日(日)

衆院選挙結果考察

1:
まずは8月16日の記事から、予想を見てみよう。

「自民→+公明で過半数維持、ただし議席数は大幅減。
 民主→大幅に議席伸ばすも、政権奪取に至らず。
 公明→自民のおんぶして与党維持。
 共産→現状維持、底固い。
 社民→消滅(マジ)。
 新党?→小泉引退後に自民に復帰、もしくは五月雨式に復帰」

実際はどうなったか。
まず、大筋として自公政権維持というのは正しいが、
自民議席が大幅減少というのは誤り、
なんと三分の二という憲法改正まで発議できる巨大化をなさしめた。
裏返しとして民主が躍進というのも誤り、大幅に議席を減らした。
また社民についても、かえって議席を伸ばしている。
共産についてはその通り。公明はまあ、誤差の範囲とみていい。
新党の行方についてはこれからだ。


2:
この選挙の意味はどうか。
これも8月16日の記事を見てみよう。長いのでちょっと省略気味。

「小泉自民としては、郵政民営化を改革の本丸と位置づけ、
 これまで行ってきた構造改革そのものの意義を問う、としたいところ。
 岡田民主は『もっと大事なものがあるのに、そんなアホなことで
 解散しやがる小泉はアホ』という主張のもとに政権を取りに行っている」

これはおよそその通りであったのではないか。
そして小泉の主張が通った。なにせヤツは郵政民営化の話しかしてない。
岡田代表は果たして従来どおりのマニフェスト(=総論)で勝負し、
わかりやすさに対して敗れ去った。まったく見事に。

3:
この選挙はどのような結果をもたらすか。

自民党にとって、この選挙は粛正であった。
多様性というもの、ある意味で烏合の衆であるということを
極めて真実らしい意味で長所としていた自民党にとって、
多くの“顔”をそぎ落とされた。これは極めて大きなことである。
自民党はある程度、均質な存在となったのである。
これが吉と出るか凶と出るか。

私は吉と出ると思う。なぜか。
今は、変革の時代である。社会そのものが変わるとき、
政治は機動力を必要とする。もはや亀では遅すぎるのだ。
多様な人材がいればそれだけ多くの場面に対応できるだろうが、
機動力はそがれる。今必要なのはまさにそれであるのに。


次に、「一国一城の主」であり次に党議員であるという、
従来の自民党の体質が薄まった。
今回、小泉が擁立したマドンナや若手は、
小泉チルドレンとでも呼ばれるこれまでになかった種類の勢力となるだろう。
彼らは地盤を持たず、党あっての存在だ。
党とは地盤とは異なり、論理と思想でできている。
彼らはこれまでの自民よりも、民主に似た顔を持つだろう。

この新しい血によって、自民党はまったく新しい存在となる。
議場に下りた古株の議員は、自民党の場所はどこかと戸惑うのではないか。
しかしこの急場に選ばれた人材たち、チルドレンに、
真実、この国を引き回す力があるかどうか。
私は疑わしいと思う。だが希望は捨てない。


二大政党化の動きは弱まるのではないか。
民主は岡田代表の後に立てる人材がいるだろうか。
小沢ではダーティなイメージが強すぎる。
玄葉では重みがなさすぎる。
民主は最悪、割れる。

もし民主がここで立て直すことができたら、必ず機会はめぐるだろう。
とはいえ、この選挙がなければ起きたであろうより10年は遅れるか。


最後に。

この国はどこに向かうのか?
郵政民営化はなされるだろう、だがそれは改革だろうか?
行政改革、地方分権の行方は?
年金制度、少子化問題の改善は進むのか?
外交は?アジア諸国との関係は?

今日の日本は昨日の日本ではない。
この先にあるのは略奪のニューオーリンズだと言ったひともいる。
自公は数を頼みに暴走するだろうと言った人もいる。
日本は発展途上国に逆戻りすると言った人もいる。
そうかもしれない。だがそうでないかもしれないのだ。
私たちは少子化や赤字財政を処理できる政府を今日、作ったかもしれない。
だが真実はまだわからない。
今はまだ夜の闇の中だ。

今日の日本はもはや、昨日の日本ではない。
良かれ悪しかれ変化は来た。わかっているのはこれだけだ。
我々は卵を産んだ。雛が孵るのを待つよりほかにない。
朝はすぐに来るだろう、そして我々の選択は白日のもとにさらされる。
だが今は夜明け前の静寂の中で、ゲッベルスの言葉を思い返そう。

「我々は国民に同情などしない。
 我々は強制などしなかった、彼らが我々を選んだのだ」
              『ヒトラー〜最期の12日間』より

政権を選ぶというのはいつでもそういう危険を犯すことだ。
そうではないか?


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