終わらざる日々...太郎飴

 

 

『宿命の交わる城』 1:地下牢にて - 2005年08月29日(月)

「我らは屠殺される羊のように引かれて行く。
 くびきを外すことのできるものはない。
 ただこの意志よりほかは」
     『イェニ・チェリの進軍歌』より



 マルチェロは唇を噛んだ。もう、四方の壁につながれていた彼の部下、忠実な騎士たちの一人さえ生き残っているものはない。中央の柱に後ろ手に縛りつけられ、なすすべなく見ていた有様に嘘の入り込む余地などなかった。
「―さあ」
 ダニエルが言った。その上等な鹿皮のブーツは流れた血で赤く汚れている。その右手の優雅な刃は血と脂で汚れている。切っ先が欠けているのは頑強な剛の騎士ジェズイーの首の骨を苦労して断ち切ったせい。その際、騎士の上げた断末魔はまだ地下の拷問室に反響しているようだ。
「さあ、団長。薄汚い下衆め。今度はおまえだ。こいつらのように楽に死ねるとは思うなよ、おまえはその汚い足で上つ方の宮居を汚した。豚小屋にいればよかったものを、豚のくそにまみれていればよかったものを」
 それがその男の言葉だった。ダニエル、かつては聖堂騎士団長にも擬せられた優秀な、高邁な、そしてアスカンタ王家の血を引く円柱城の主人。
「おまえは狂人だ。殺人鬼だ」
 マルチェロは低い声でうなった。
「貴族といえども、聖堂騎士たちを殺してただですむと思うのか? 教会に破門され領民に見放され、野垂れ死ぬのがおちだ。愚か者め」
 言い募りながら、涙が頬を伝っていることにも気づかなかった。さんざんに殴打と足蹴りを受けてきしむ体の苦痛のためでも恐れのためでもなく、ただこの目の前に立つ背の高い貴族への怒りと、そして既に死んで沈黙した部下たちへの。
「黙れ」
 風を切る音とともに鋼が迫った。虹色に浮く脂が、凝りかけた血の濃淡が鮮明に見えるほど近く。狂気に暗い目はその向こうに。だがそのあとは。
「団長だと? おまえが団長だと? 尻を売って豚どもに取り入ったおまえが団長だと? 私生児が、娼婦の息子が? ばかな」
 繰言めいた言葉は悲鳴の反響の中に聞いた。視界は半ば赤く。痛みは。
「ばかな、ばかな、ばかな。俺だ、俺に決まっている」
 苦痛に痙攣する顔をつかまれる。振り払えない。生暖かい息が激痛そのものと化した眼球に触れる。切り裂かれた右眼に舌がめりこんできた。
「こんな悪党でも、血は赤いのか。そうか」
 ぐちゃぐちゃと音がする。流れるのは眼漿か血か。苦痛は脳を焼き、神経を麻痺させ、悲鳴に喉は嗄れて。
「明日は左目を食ってやる」
 意識はそこで途絶えた。


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