終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年08月24日(水)

 痛みは内臓からくる。毒はまだしばらく抜けそうもなかった。マルチェロは寝台に横たわり、短い息をしながら暗い天井を見上げていた。まだ夜だ。まだ夜だが、あと一時間もすれば早朝の祈りのために誰かが呼びに来るはずだった。できればそれまでに、それまでに旧に復さなければならない。
 体は毒を排出しようとして滝のように汗を流している。痺れた腕を伸ばして枕元の水差しを引き寄せ、最後に残った水を喉に流し込んだ。冷たい液体が喉を潤して、体の奥に流れ込んでゆく。ふっと意識が途切れた。
 毒は夕餉に入っていた。修道士と同じ野菜とソーセージの切れ端の浮かぶスープと黒パン、わずかばかりのバター、薄めたワイン。スープを匙に半ばばかりもすすったところで嫌な苦味に気づいた。ひっそりと周囲を見渡したが、異常を訴えているものはほかにいない。それ以上は口にせず、不自然でない程度に早く食卓を立って部屋へ向かった。
 “効果”が始まったのは階段を上っている最中だ。体中に激痛が走って、目の前が白んだ。思わず手すりを握り締めながらも歩調を崩さず個室に入り戸を立てたが、それが限界だった。喉に指を突き入れ部屋の隅の手桶に腹の中のものをすべて吐き出したが、痛みは切れぬ。悲鳴を奥歯ですりつぶし、痙攣する腕と足を引きずって寝台に這いこんだ。そして。
 そして、夜は短い気絶と呪詛と苦痛のうちに過ぎ去ろうとしている。
「――呪われろ」
 マルチェロは呻いた。もう何度その言葉を口にしたことか。もしこの夜を生き延びたなら、下手人も黒幕もまとめて殺してやると、その殺し方を考えて苦痛に耐えたようなものだ。呪詛、呪詛に次ぐ呪詛。だが救いを求めることはしなかった。そうだ、毒を盛られたということ、こんな弱みを、誰にも知られてはならなかった。誰にも、誰にもだ。修道士たちにも、部下たる騎士たちにも、側近にも、――院長にも。
「……」
 立ち戻った痛みに、マルチェロは奥歯を噛んで、敷布に額を押し付ける。弱さを見せれば騎士たちには侮りが生まれるだろう。修道士たちにも。ただでさえ庶出の団長などというものに内心軽蔑を抱いている連中だ。断じて、断じて知られてはならなかった。だが側近たちは? 限りない敬慕を抱いてマルチェロ一人に従うものたち。
(側近とな)
 痛みの最中にマルチェロは笑った。奴らが敬慕を抱き、憧れを抱き、付き従うのは“神のごとき”“技に優れ意志強く理知限りなき”団長だ。毒を盛られて無様にのたうつ姿など見せてみろ、いつか寝首をかかれる。
 それでは、と問うものがある。院長はどうだ。あの限りなく慈しみ深い、温和な“父”は。マルチェロはこの問いに答えない。ただ強く思うだけだ。あの方を、老いて細いあのやさしい手を、もろい心臓を、私などのために、こんな汚れた魂のために、震わせてはならぬ。私にはその値打ちがない。
 それでは。
 問いは稲妻のようだ。マルチェロは目を見開いた。恐ろしいものを見たように、それとも見失いかけたなにかを探すように視線が泳ぎ、鼓動が乱れる。このときばかりは毒のせいではなしに。
 それでは、神、は。
 低い呻きを漏らした。喉が震える。聞こえぬように、けっして誰にも聞こえぬように。わけてもその名の主には。それでもかすかに痛みが薄らぐ心地がした。だがそれは錯覚だ。錯覚に過ぎない。神は沈黙を守り、救いなどもたらさないことは知っている。知っているはずではないか。
「―…」
 漏れかかる声を押しつぶして身じろげば、頬にひやりとした感覚が流れ、視界がゆがむ。胸元に手を伸ばして、金の輪をつかんだ。
「――」
 殺しつくした祈りの代わりに、涙はいくらも流れた。


-------------------------------

ネタにしました。悔しいから。グフフ


-



 

 

 

 

ndex
past  next

Mail
エンピツ