- 2005年08月15日(月) 私は炎のさなかに立っていた。町の目抜き通りの両側に立ち並ぶ二階建てのビルは燃えて、窓から火を噴いている。窓という窓は、まるでそのためだけに最初から作られたようだった。通りの端に二十メートルおきに掘られた塹壕が何の役にも立たないことは明らかだった。 十メートルばかり先に立っていた少尉が振り返った。振り返ってなにか言った。だが私にはもう聞こえなかった。炎は高く、曇天は赤く、照明弾は次から次へと明るく白く弾けてゆらゆらと空の高みから落ちつつ私たちを照らした。爆撃機の姿は見えず、だが天はエンジン音に近く遠く満ちていた。 私たちは急がなかった。四囲はすでに炎に包まれて、逃げ道などなかったからだ。ただ、ここにいてはいつ焼夷弾が降ってくるか知れないというので、仕方なしに歩いていた。 不思議なことに雨は止んでいた。後に知ったことだが、こういうことはたまたまあるらしい。つまり熱気は渦を巻いて天に上ってゆくから、炎の中心部の上空だけ雲が切れて雨が止むというのだ。だがそのときは、そんなことを知るはずもなかった。そんなことは考えもしなかった。 私たちは騒がなかった。私と少尉は歩いていった。あとどれだけ歩くことができるのだろうと考えながら。もう十歩か、百歩か、それともさっきの一歩で終わりかと。上から一束の焼夷弾が落ちてくればそれで終わりだった。 だが結局、私の周囲に爆弾は落ちなかったし、私は町の北部の山の横腹に深く掘られた防空壕にたどりついた。狭苦しい防空壕のひといきれのなかにまぎれこんで、膝を抱えたまま私は眠り、翌朝早くに目を覚ました。暗がりに出口からわずかばかりの光が射して、人々は黙々と外へ這い出していた。 私もまた、痛みこわばる手足をひきずって、壕の外に出た。そこではじめて私は自分がたった一人であること、少尉とはぐれたことを知った。どこではぐれたものだか見当もつかなかった。前夜のことは悪い夢のようで、ただそれが本当のことだったというのは、駅のほうまですっかり見渡せるほど何もなくなった町が、焼け野原が、瓦礫の野が、ただそうと知らせた。 それきり私は少尉に会わなかった。だがときたま、ほんとうにときたま、夢に見ることがあった。目抜き通りに立っている少尉の夢だった。しかし私が戻ったときには、その場所には焼夷弾が落ちたとおぼしい焼けた土の窪みがあるだけだった。それ以来、少尉の消息を聞いたことがない。 それで、あれからもう、六十年になる。 -
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