- 2005年07月25日(月) 「――聞こえぬか」 マルチェロが言った。山頂の闇は深く、漆黒の風は天空を翔けている。 「風の音ばかりで」 ククールは答えた。その言葉さえ遠く吹きさらわれる。思い巡らす辺りにほかに人の子がいるとも思えなかった。世界の果てにただ二人あるような、心細くもまた物哀しい思いに打たれて、兄を抱き寄せる。盲目にして無力、それでもなお飛ばねば落ちることを知る矢のごとき意志を胸に宿す兄を。 冷え切った体は、それでも抱き寄せれば温度は届いた。 「聞こえないよ、兄貴。なにも、聞こえない」 「私には聞こえる」 頭上の声のうちのある響きに、ククールはかたく目を閉じた。 「天なる御方の声だ。なんということだ。ああ、なんということだ」 言うな、と、ククールは胸のうちで呟いた。頼む、言わないでくれ。 「いいか、聞け。ククール――」 ククールは体を起こし、唐突に伸び上がって兄の唇を口付けでふさいだ。ただそれはその続きを聞かないため。続きを聞くのが恐ろしかったため。 「違う。それは違う」 ククールは囁いた。口の中には錆めいた血の味が残る。切れていたのは兄の唇だ。乾き、冷たく激しい風に裂かれて。 「わかってくれ、兄貴。それは、違う。違うんだ」 言葉を奪われたマルチェロは黙然として立っていた。その頭上に星がめぐるのをククールは見た。そしてすすり泣いた。 -
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