- 2005年07月17日(日) 中指の左側の先には血豆ができている。スライダーを投げるときにボールの縫い目引っ掛けるから、爪の一部は黒くなってしまった。指先に常住する痛みはもう体の一部だ。それは彼に近しい。エースはそんな指をしていた。 栃木工の野球部主将はくじ運が悪いのが伝統だ。去年の初戦は“かの”作新学院だったし、当代の主将・中田賢も足利工大付、真岡工、白鴎大足利、国学院栃木のかたまったおそろしく厳しいヤマを引き当てた。 まあいいさ、と、中田寛は言う。どこが相手でも、九回まで彼が投げることに変わりはない。そして取ってもらったよりたくさん点を取られなければ負けないのもいつものことだ。落ち着き払って彼はマウンドに向かう。 なるほどそれは確かにそれだけのことだが、いつもうまくいくとは限らない。打球が足にあたったり、暑さや連戦で調子が落ちたりすることもあるし、仲間がさっぱり点を取ってくれないことだってある。それでも彼はまだ終わってしまいたくはないのだし、またそう簡単に終わる気もないのだ。 そういうわけで彼は始めた。最初から一つずつ。最後まで一つずつ。18日の清原球場に日差しはきつい。天気情報は梅雨明けを告げた。気温は35度オーヴァー、グラウンドにはかげろうが流れてまさに時は夏。そして汗みずくになってマウンドから降りてきた手には3つめのウイニングボールがある。 俺はどこまでいけるだろうかと彼は考える。そして自答する、どこまでも負けないだけさ。負ければそこで終わりだから、決勝で負けたって負けは負け、終わることに変わりはないから。だから勝とう。勝ちたいんだ。そうだ、チームの調子も上向いているし、賢治も元気が出てきた。 情熱はその胸にある。その明るい眼差しを知りながら、私は自問する。きみはどうやって終わりを知るのだろうかと。どうか、願わくは、ああ願わくは、明るい歓声のもとに、一番にベンチから飛び出してくる相棒と抱き合って夏の終わりを迎えてはくれまいか。そのとき私も歓声を上げよう。 -
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