- 2005年06月14日(火) 最近、生きるということについて理解し始めている。 ながいこと、私は生きるというのはどこかへ行くことだと信じていた。 そして、なんというか、私はそんなふうに生きてきた。 世界地図をさまようように私は育ち、 身軽になってからは、自分から世界地図の上にさまよい出た。 日本地図の上に腰を落ち着けるようになっても、わたしは帰らなかった。 わたしは常に遠ざかってきた。そしてもはや故郷はない。 わたしは、いま、どこにいるのだろう? ここはどこだろう? この道はどこに続くのだろう? 振り返ったとき、生きるとは行くことではなく生活することだった。 日々を迎え送るよりほかに生きるということはなかった。 そういう意味でわたしは生きてきたが、なにひとつ手の中にない。 わたしが何もいらないからだ。そんな人間を支えられる橋はない。 だが、生きてきた。このような生もまた生だ。 そして死は。人は死ぬ。犬もまた死ぬ。 犬のようでない死を、わたしは知らない。 神を信じることができたら。 せめて人類というもの、社会というものを。この国を。 切実に信じ、生に意味を取り戻すことができたら。 ジンニーア、せめて信じているふりを続けよう。 ときに、ほんとうに信じていると錯覚できるほどには。 -
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