終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年05月10日(火)

昨日の出来事を話したら、

友人A「あなたがなにやっても驚かない」
上司F「おまえがなにやっても今更驚かない」
母親 「気をつけなさいっていつも言ってるでしょう」

……私のことをけっこうわかっているかもしれない人々が口を揃えて。
なんですか、日ごろそんなふうに見えますか。ええそんなだよ。(ふてる)



それで、聖書月間継続中。
ヨブ記だが、よくわからない。
拾い読みなので順番通りに読んでるわけでもないのだが、
このヨブ記にひっかかって動けない。
途中まではまーいいのだが、最後。

それでいいの!?

という気がしてしょーがなく、
しかしこれは救済の思想と関係が深そうなので、
飛ばすこともできずに捕まっている。
この不条理をドラクエで書くべきか否か。



DQ8の騎士兄弟が好きだが、なんだか前にはまっていたときとは違う。
いや、書いているものが。なんだかこう、既に単にネタでない。
いやネタのつもりなんだけど、さ。
兄の魂に興味がある。堕落と救済の文脈で。
兄を通して旧約外典「マナセの祈り」を見出したい。
詩篇22でもいいなあ。
「我が神、我が神、なぜに我を見捨てたもう」から始まり、
しかし結局、神への信仰の告白によって終わる。*

結局、近代以降の「信じられない=天才性の証明」というのは、
これはもう飽きるほど繰り返されて退屈なものに過ぎないわけですよ。
ロボットの「作られ創造主を破滅させる」フランケン話と同じことだ。

正面切って救済を探そう。
妙な話だ。魂の話をするときに三人称を使うとは。
しかしこれが私の思考なのだからしょうがない。




*SS「祈り」で兄を殺したククールがやってたね。


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