- 2005年04月11日(月) ボツ作のせてみる。ダメだこりゃ 気が付けば天の高さを飛んでいた。これは夢だとククールは考える。本当のことにしては破天荒すぎる。本当のことにしてはこの胸は軽すぎる。澄み透った夜風を翼に飛行し、願いは先触れの旗のごとく導いた。星々はこの頭上を歌いつつ廻って、白々とした雲海の道を飛鏡の月が開いてゆく。 ベルガラック近郊より飛び立ち世界の半分を過ぎって、行く先が北の大陸、故地マイエラと知ってなおククールの思いは軽い。踊るがごとく衣の裾は翻り、偽らざる願いは矢のごとく彼を運んだ。そして降り立った石の庭には月光は満ちて噴水に散じ無数に散っている。そしてああ、いかなる扉が月光と夢の疾い思いを鎖せよう。ククールは一息に階段を駆け上がり、扉を走り抜けた。迷いもせず入り込んだ団長室の窓辺には立ち尽くす人影がある。そのとき初めて鋭い痛みが胸を走った。 窓辺にむき出しの手を置き、月光のさなかに立っているのはマルチェロだ。だがこんな顔を見たことなどなかった。こんなにも寂寞と寄る辺なく、孤独に数世紀を立ち続けた枯木のよう。永劫の夜に佇なう孤独な獣のよう。 ククールは静かに進み出て兄と窓のあいだに滑り込んだ。そうして仰ぎ見た顔は暗く、その目はククールを貫き通して彼方を見ている。こんなに近くで兄の顔を見たことなどなかった。常ならば厳しく鎧われて伺い知る術もない内面を顕にした無防備な表情を目にしたことはなかった。暗く翳った瞳の奥には癒えぬ傷があり、夜半の闇に疼いて心を目覚ましたと知れた。そしてその思いはこのとき遠く彼方にマルチェロの思いを拉し去っている。 ククールは兄の唇が動いて音もないままにひとつの名を呼ぶのを知った。それは彼らが死なせてしまった一人の老人であり、彼ら二人ともにとってかけがえのない魂の父であった。自らの心でもまた風にあった灯火のごとく胸の奥に沈んでいた悲しみが波立つのを感じてククールは胸元を押さえた。どれほど多くどれほど惜しみなく、返し得ぬほどの恩恵を授けられたか知れぬ。オディロ院長からかけられたひとつ一つの言葉について、ともに過ごした季節のひとつ一つについて、あんたと話すことができたら、と、ククールは思った。どれほど院長の死に苦しみどれほど心に深い虚ろが生じたか、あんたと話し、悲しみを分かち合うことができたなら。俺たち二人してあの人をどんなに愛し慕っていたかを話し合い、ともに泣くことができたら。 そしてまたもっと悲しい名が呟かれるのも知った。ついでククールの父親でもある男の名が呟かれるのも知った。そのときマルチェロの唇がかすかに震え、その右手は上がって胸元の金の飾り輪にそっと触れた。祈りと呪詛が呟かれるのを聞いた。マルチェロの眼はいよいよ暗く、その思いの乱れの激しさは嵐の気配のようにククールにも届いた。その苦しみを、その悲しみを、どれほどの夜と朝とにわたってあんたは一人でこうして噛み締めてきたのだと声なく問いかける。もう体も冷え切り、遠い遥かな黎明に映えてその顔はかすかに明るんでいるというのに。ククールの夢もはや醒めつつあり、遠い寝床に眠る体にこの瞬間にも呼び戻されようとしていることが知れた。そして夢の敷居を越えて記憶を持ち出すことが許されることもまれ。ククールは手を伸ばす。その手は夢の最中に力なく途切れて、兄に触れることはない。それでも、そうしたい思いばかりは止められぬ。この腕の中に兄を抱き取り、その悲しみごと抱き取り、そして―― 朝露が草葉に満ちている。黎明はまだ東の地平をかすかに染め初めたばかりだが、ほかの寝床に仲間の姿はなかった。寝ぼけ眼をこすって体を起こすと、すぐ近くでゼシカが焚き火の薪をくべているのが見えた。ミーティアが鼻を鳴らしてエイトに甘えている。水桶をかついで歩いて行くのはヤンガスだ。ククールはひとつ大きくあくびをして立ち上がった。 「あら、起きたのククール」 「――ん」 こちらに気づいたゼシカの言葉に、生返事を返した。 「やることがないなら、その辺りの荷物をまとめてね。今日はサザンビークまで行かなきゃいけないんだから、急ぐのよ」 ククールはまだ半ば眠っている頭で頷いたが、ふいに胸を抑えた。そのあたりがかすかに痛んだのだ。昨日、怪我をした記憶もなかったが。そしておそらくは怪我の痛みではなかったが。奇妙なことだと考えながら、ククールはしばらく立ち尽くしていた。 -
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