終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2005年03月09日(水)

影はどこに行った:

 草原は春の盛りの真昼。川を渡る空気は明るく温い風は光るよう。冬はどこに行った、と、ククールは足を投げ出して座り込み、楽しげに囁いた。すぐ傍らの草の上には兄が長々と寝そべっている。頬にまた額に目に光は輝いている。その鼻先に金色の蝶が止まるに至ってククールは笑った。さすがに目を開いたマルチェロの顔がいやにきょとんとして見えたので。
「兄貴、なかなか似合ってるぜ」
 背をかがめて顔を近づければ、表情筋を動かしもならないマルチェロが物問いたげに見上げてくる。蝶に翼はゆっくりと閉じては開く。マルチェロの目が一度瞬いた。その緑柱石の瞳は陽光を受けて輝き、影などかつて知らぬよう。金色の蝶がかすかな音させて羽ばたき、驚いたよう飛び立った。
「逃げてしまったではないか」
 マルチェロの囁きにククールは笑った。吐息を食むよう唇を近づけながら口付けを盗むことは差し控えた。蝶を驚かせるだけではすむまいから。手を伸ばしてその額に置く。捕まえてしまえばそれだけのものだ。秀でた額の湾曲を手のひらに知る。この有限の丸い箱の中に。ただこれだけの箱に。
「――『ひとつの永遠が仕舞われているのをおまえは見るであろう』」
 ククールは囁いた。マルチェロは囚われたまま笑って続けた。
「『有限のうちに無限があるとは』」
 前触れもなくククールのうちに一つの感情が弾けた。すがるよう兄の粗末な麻の衣の胸倉をつかまえ、顔を埋める。約束の期日まであと幾日だ。影はすでに兄の胸のうちに畳み込まれた。この静謐、静穏はその証だ。あんたはどうする気だとその言葉だけ口に出せず。

「春の盛り、その真昼の時に目覚めよ。
 世に悲しみのありしことなきがごとき喜びの祝宴を見よ。
 そはまこと、汝が永遠の家の思い出となり深き喜びの源泉となるならん」

 マルチェロの低い声の詠う祈りが、ククールの苦い耳に響いてきた。


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