終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2004年10月08日(金)

小山幼児殺害事件:

「殺人者を理解しようとするのも限度がある。
 理解してはいけないものもある。そこから先は責任を問うべきだ」
 ある男性が新聞から顔を上げ、そう言った。
 過去の日本の司法は、理解に重点を置き過ぎてきたきらいがないか。
 情状は常に結果によって適正さを問いなおされねばならないのではないか。



 3歳と4歳の幼児に何が出来ただろう。
 日常的に暴行を加える男に、彼らはついて行きさえしたのだ。
 「おいで」と言われて。暴行されれば、泣いて謝ったのだ。
 かわいそうに。かわいそうに、どうして死なねばならなかった。



 どうして救いもなく闇に投げ落とされねばならなかった。どうして。
 もうしばらくこの問いを繰り返したい。


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