終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年12月11日(木)

自分の抱いたもしくは抱いていた正義や正しさの概念が、
例えばひどく相対的であてにはならない自己満足であると認識すること。
これは間違いなのだろうか?間違いだったのだろうか?

だがしっかとしたなにものがある。世界は流れの上に浮いた朽葉の群だ。

真実は目に見えないが、見ようとするのをやめることは正しいだろうか?
諦めることは正しいだろうか?どんなに諦めても、この目に涙は湧くのに。
この胸は痛み、この苦痛は重いのに。それでも諦める。これは正しいだろうか?

本質を見る目が欲しい。どうしても欲しい。正義のものさしはいらない。目だ。

世界は下らないが、下らないとあきらめることは正しいだろうか?
これは間違いではないだろうか。働きかけることしかないのではないか。
なにひとつ確かでないなら、確かにしていくだけだ。


ここにあるのは、世界にあるのは、なにをするかということだけだ。
なにをしたかということだけだ。


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