終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年08月25日(月)

私のしなかったこと、その1:抗議

1:
 私はシンガポールに5年ばかり住んでいた。
 治安のいい国ではあったが、母は安全上の理由から、放浪癖のある(出ていくと帰らない)私が学校と塾以外の場所に出かけることを好まなかった。
 まだ引越して間も無いころ、一度、友人の家に行ったことがある。学校が終わったあと、彼女の乗るスクールバスに自分も乗って彼女の家まで行ったのだ。二時間ほど彼女の家で遊び、さて帰る時刻になった。果たして私は困った。実際は私は一銭も(文字通り!)持っていなかったし、第一、自分がこの島国のいったいどこにいて自分の家がどこにあるのかなどということはわからなかったからだ。
 友人の母親はいささか慌てて我が家に電話をかけた。かくして母は不機嫌な顔で私の前にあらわれ、友人の母に謝るのもそこそこに私を引っ張ってタクシーに乗りこんだ。そこで母は私に約束させた。もう二度と友達の家には行かないと。
 私は抗議しなかった。母はまだ1歳にならない私の弟をあてにならない姉に預けて出てこなければならなかったのだ。そして私の考えのなさ! 私はシンガポールにいる間、二度と友達の家に行かなかった。私は約束をあまり破らない。

 読み変えることはできる。
 母に私を縛る権利はなく、私に友達の家を尋ねる権利はあり、不当に抑圧されたのだと言う事はできる。唯々諾々としたがった私は幼稚だったのだとも。
 しかし私は抗議しなかった。何が私にそれをさせず、何が私に従わせたのか。

(続く)


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