終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年05月28日(水)

国枝史朗に関する記憶。

国枝史朗:大正、昭和初期に活躍した“伝説の”伝奇作家。昭和18年死去。
     代表作『神州纐纈城』『八ヶ岳の魔神』『鳶葛木曽棧』


1:
私の読書経歴の中で、国枝史朗は奇妙な位置を占めている。

幼稚園の頃に毎晩母が枕元で読んでくれた児童文学が私の原点だが、
小学校に上がってからは、江戸川乱歩や横溝正史、
『アルセーヌ・ルパン』『シャーロック・ホームズ』シリーズ、
ジュール・ベルヌなど、図書室にあった伝奇・冒険・推理を読んだ。

『沙漠の古都』(大正12年)

ショッキングだった。
何がショックだったといって…
こんなデタラメあるもんか。

伏線は沙漠の川のごとくどこぞへ消えて跡形もナシ。
こいつが主人公だと思って読んでたらいつのまにかいなくなってるし。
世界観は破天荒で必然性は海の彼方。
最後まで読んでも何一つ解決されていない不思議。


2:
問題はそれでも十分面白かったということだ。
破天荒なだけに安心できないうえ、
破天荒さの持つ魅力やエピソードの斬新さというものがあった。

評論家に言わせればおそらく“駄作”の部類に入るこの作品の方が、
私には魅力的だった。

しかしながら図書室には国枝史朗はそれ一冊しかなく、
私はその後、ずいぶん長い間この無鉄砲な魅力を持つ本を忘れていた。


3:
再会したのは最近である。
古本屋の一角に置かれていたこの本を手にとったときは、
もう題名も作者も忘れかけていた。
しかしなんとなく懐かしい気持ちがした。

箱から出してぱらぱらとめくるうちに、
埃っぽい図書室の空気ごと思い出した。

巻末の値札を見てみると5000円(驚天動地)。
しばらく迷う。

……横においてあった全集を買う。(5000×5冊)(←バカ)


4:
全集を読んで初めて知ったのだが、
国枝の作品は破天荒なだけではない。

非人、サンカ、遊行の民、妖魔、隠れキリシタン…
プロレタリア文学の流れまで汲んで非常に複雑だ。
エセ・アカデミックと一蹴してもいいんだろうが、
そうするには面白すぎる。

広がりすぎてオチないという構造的欠陥はともかく、
その広がっていく過程はワクワクする。
そのあまりにも正史とかけはなれた世界観ゆえに、
また倫理という建前をハナから無視した強靭・奔放なドラマゆえに
昭和18年の没後、同40年代半ばまで忘却されていたというのも頷ける。

むしろあまりに“現代的”ではないか。
などと思いつつ…。

そうだなあ、清涼院流水が開き直って行くところまで行ったら…
こんな感じになるかなあ。
でもムリだな(笑)


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