- 2003年05月10日(土) 月は沈み。夜は深く。 1: 『恐怖』は見えないのが一番怖い、というのが私の持論。 ではどうやって怖さを見せるのか。 こちら側、常識、日常、ありふれた名前でその輪郭をなぞり描き出す。 99%の日常と1%の彼岸性からできているときにだけ見るに価する。 それはホラーだけではない、あらゆるフィクションについて然り。 2: はい、本題。 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ。 私は知らなかったのだがジブリの新作アニメ映画『ハウルの動く城』の原作者。 英国では屈指のファンタジー作家として知られている。 『九年目の魔法』 『わたしが幽霊だった頃』 『ダークホルムの闇の君』(いずれも創元推理文庫) の三作を読んだのだが、どれも面白かった。 こういう作家は珍しい。どれも――どれも作風は全く違う。 しかもそのどれも面白い。全く珍しい。 全く違うといったが、大家族が出現するという点では同じ。 しかもどの姉妹、父母も、欠点があり怒りっぽく細部はリアル。 ネコさえそこでは生きている。 そう、リアル。 彼女の作品の卓越した部分は、そのリアルさにある。 人間のリアル、感情のリアル、論理のリアル、視界のリアル、出来事のリアル。 どれも全くウソの臭いがしない。しかも語られているのは時に荒唐無稽な世界。 リアリティはこの世にない世界を全く構築する。 これはフィクションではなく物語だ。 (そして多くは『悪』が謎を秘め解き明かされないまま終わる) 3: 最近『CUBE2』をスクリーンで見た。 御存知ない向きには『CUBE』という往年の超名作の続編と言おう。 見ていない人のために(そして私の労力を省くために)詳細は避けるが、 これはこれ自体として悪くはない。 だがいかんせん前作が超名作だ。 アイデアは悪くない。 ドラマも悪夢めいてそこそこいい。 だが前作のあの極限までのシンプルさ、 あらゆる概念的『謎解き』を阻みしかも何一つムダのないあのシンプルさは。 数学的に美しく真実とさえ思えたものだ。 リアリティはむしろ小技を弄して崩れる。 (そして最後にキチンと落ちとつけてしまっているのも頂けない) -
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