終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2003年02月12日(水)

秦の宮廷を横切ったもの。
最も冷え冷えと孤独で、しかも賢すぎた男について。

1:韓非子
韓非は韓の王族として生まれた。
史記に、刑名法術を学び喜んだ、とある。

韓非の生きた時代は、五百年にわたる春秋戦国時代の末期。
秦の力はようやく群を抜き、渦を巻きながら統一へと進みつつある最中だ。
見る目のあるものならば、その躍動、逆巻く激流を見たであろう。

そして韓非は、確かにその一人であった。
彼の卓越した視線は歴史をつぶさに見たであろう。
だが彼は、自ら語る術を知らなかった。
韓非は吃音であった。

王族とはいえ、当時、韓は凋落の一途をたどっており、
韓非はましてや傍流、末流の公子。
吃音ともなれば官職につくのは容易でなかった。
韓非は著述に力を傾ける傍ら、韓王に書面を送って政治に意見した。
だが用いられることはなかった。

母国においては用いられず、王族であるがゆえに他国への出奔もできない。
鬱屈した韓非はひたすらに著述を続け、恐るべき思想を刻み付けた。
その深い思索と恐るべき洞察は書き写されて諸国に運ばれた。
その、ある一巻きの書物が、韓非を歴史の表舞台に引き出した。


2:李斯
李斯という男がいた。
もと楚の田舎役人に過ぎなかった。
あるとき仕事で倉に入り、そこの鼠の丸まると太っているのを見かけた。
色ツヤもよく、近づいても逃げようとすらしない。
町で見かける鼠はやせ衰え、人の足音だけで怯え騒ぐというのに。

李斯は嘆じた。
「人の賢不肖は、例えば鼠の如し。自ら処る所に在るのみ」
――人の賢愚は、この鼠のようなものだ。結局は境遇だけのことなのだ。
李斯は人間の根本を境遇と断じた。それが正しかったのかどうかは知らない。
だがそれが李斯の運命を定めた。

李斯は役人の職を捨てて、帝王学を学ぶ。
学問を終えた後は、最も高い場所――秦の王宮に向かった。
果たして才を認められ、秦王・政、後の始皇帝の下で、宰相となる。
あるとき李斯は、秦王に一巻の書物を勧めた。
書物を書いたのはかつての彼の同窓だ。

翌日、秦王は李斯を呼びつけた。
駆けつけた李斯に、王は言う。常ならずその鋭い目は熱を帯びている。
李氏は嫌な予感に眉を顰める。はたして、秦王は言う。
「嗚呼、寡人此の人を見、之と遊ぶを得ば、死すとも恨みじ」
――ああ、私はこの著者と会い、つきあうことができたら、死んでも惜しくない。
李斯はしばし沈黙する。書物は韓非の書いた「孤憤」だ。

さて、李斯の置かれた立場は微妙かつ複雑。
もしその著者について語れば、この絶対の独裁者は韓非を得るであろう。
いかにしても得るだろう。そしてその言葉通り厚遇する。
そのとき己は? 考えたくもなかった。秦王は余計なものは置いておかない。

だが黙れば? どこかから漏れるものだ、何事も。
云わねば不興を買う。あげくは首になるのがオチだ、文字通り。
かくて李斯は重い口を開く。
「此れ韓非の著す所の書なり」
――これは韓非というものの書いた書です。
秦王は言う、連れて参れ。だがそう簡単にはいかない。

簡単にはいかないか? それほど難しくもなかった。
秦は韓を攻め、韓が困り果てたところで使いを出した。
条件は決まっている。それは韓にしてみれば役立たずの吃音一人。
果たして使者は互いに礼を交わし、双方円満に別れる。


3:秦王・政
秦王・政。あるいは始皇帝。その出自は霧の中だ。
霧は後世、彼の王朝を滅ぼしたものがかけたのかもしれず、
あるいは彼の弾圧した儒者たちの悪意によるものかもしれない。
だがいずれにせよ、謎のことは確かだ。

さてこの偉大な王は、一人の客の到着を待っていた。
恩愛少なし、といわれる彼の性格において、数少ないことであった。


(いかん、眠い)


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