終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2002年11月26日(火)

カメラマン。

1:
いったい、人間が自分を評価する軸をただ一つにとるとき。
これほどまでに厳しくまた激しく、そして貪欲になれるものだろうか。

カメラマンを知っている。

カメラマンの仕事は厳しい。
対象は目の前にあるものである。
今そこにあるものである。
今しかない。そこにしかない。
「後で」も「今度」も「もう少し」も許されない。

武器は手の中のカメラ一つぎり。
彼はその獲物だけで判断される。
「努力した」も「がんばった」もない。
彼はそれを知っている。

彼の獲物たる一枚の写真が使われなければ、
つまりそういうことだ。
彼は自分を「使えねぇヤツ」とみなされたと判断する。
そしてそれは正しい。
百万の罵言に増して痛烈な屈辱だ。


2:
彼はシャッターを切る。
バカみたいにシャッターを切る。
強迫的なまでにシャッターを切る。
やらせ一歩手前も要求する。

執拗なまでに角度を変えて対象を撮影し直す。
何度でも何度でも何度でも。
同じショットでも何十枚も撮る。
使うのは一枚きりだろう、と。
そんな言葉は彼には聞こえない。

使うのは一枚だけだ。
一枚も使えるのがなかったらどうする。

「使えねぇヤツ」

それは彼の全ての努力、全ての時間、全ての存在を否定する。
彼はカメラマンだ。
「いいヤツ」にも「努力家」にも「善人」にもなろうとはしない。
彼はカメラマンだ。
それ以外の何にもなろうとはしない。
それ以外のどこで評価されようとも彼とは関わりない。


3:
彼は食事する。
彼は寝る。
彼は洗濯する。

全ては一枚を撮るために。
彼はカメラマンだ。

私は彼を横から見る。
私と彼は関わりない。
全く重ならない。
これほど明快にまた深く。

――なにものかである人間は。

それ以外のあらゆる次元と空間から消失する。


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