終わらざる日々...太郎飴

 

 

- 2001年12月18日(火)

私という人間を、「開く」には。

――親という鏡に映して、私は私を見よう。
――友人という鏡に映して、私は私を見よう。

そこにはなにかしら私が開かれてはいる。
だが、それはけっして、全体ではない。
それは切子ガラスの面のひとつ――影がある、陰が。
ほんとうに大切なものが、映っていない。

どこに。
どうすれば。

――開ける?

私はその手立てを知っている。
鍵は――『神』だ。
そこにならすべてを映せる。
そこではすべてが開かれる。
私の破片はそこでつなぎ合わされ、そこで完成し、そこで全体となる。

でも。

そのために信じろというなら、イヤなのだ。

恋愛至上主義に従えば。
恋愛の中でこそすべての自分を「開く」ことができる。
しかし、嘘だろ、そりゃ(笑)
人間が一人の人間を全面的に受け入れうるなんて――
母性の神話と同じほど、ありそうにない。

人間はすべて、咲ききらぬ花。
もっとよく生きられるのにと叫びながら死ぬ。
自らを開ききれぬのは――宿命。

神様。
あなたを信じる、理由をください。
必要では、なくて。


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