- 2001年12月12日(水) 「わたしはすべての虚栄的な人間が、よき俳優であるのを発見した。 かれらは見物が喜んでくれるようにと演技する、 ――かれらの精神は、すべてこの意思のもとにある。 (中略) かれは、あなたがたによって、おのれの自信を獲得したいと思っているのだ。 かれはあなたがたの目つきによって身を養っている。 それはかれらの心の奥底にこういう嘆息があるからだ。 『このわたしは、ほんとうは取るに足らぬ者ではないのか!』……」 ニーチェ『ツァラトゥストラかく語りき』より 1: 人間が人間を超えたいと願うことを、私は知っている。 人間が人間を超えられるはずだということを、信じたがることも知っている。 だが、内実。 その裏側は、この程度のものなのだ。 すべて偉大とみなされるものたちは、薄氷を踏むように歩く。 なぜなら。 彼らは足元の地面が、薄氷のように砕けるのではないかと、恐れているから。 2: ツァラトゥストラ、あなたの道化だ、そうした偉大さは。 あなたは満足げに眺める。楽しげに。 人間を超えたいというせつなる願いを。 しかも。 それはあなたの道化以外のものではないのだ。 あなたは一渡り場面を見終わり、楽しげに退場する。 そうだ。 その瞬間、彼らは消失することを知りながら。 3: 人間を超えろ、と、あなたは言う。 超人の到来を予感する。 だが。 あなたは、この道の先にはそれが続かないだろうと予言する。 そしてそれは正しい。 なぜなら。 正しい道は、あなたのまなざしの中にあるからだ。 すべてを、よし、と、いうものよ、ツァラトゥストラよ。 4: すべて泥と水を隔てなく飲み、 泥にむせることを恐れないもの。 虚栄から出たものさえ、 その神経質な不安とともに静かに侮蔑なく受け取るもの。 深く傷つきうる柔らかい手を持ちながら、 どのような深い傷を受けることも、 どのような深い傷を与えることも、 恐れない者。 そのような意思を、ツァラトゥストラ。 惜しまない強さを、笑いを、残忍さを、ツァラトゥストラ。 ――わたしは羨む。 -
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