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■ 藍色に染まる鍵盤に。
空に夕方の藍が降ってくるころ、 やっとラジオをつけることができた。
あまりにも仕事に集中しているときは、 フジコ・ヘミングしか頭に入らず、 ずっとCDをかけっぱなしだからだ。 狂ったように、「革命のエチュード」を流す。
11月の夕方、今日は明るくてまぶしい一日だった。
夕べは、朝まで仕事した。 いままでこんなに全身全霊をこめて 仕事に集中したことなんてあっただろうかと 考えてしまうくらい、それは恐ろしい集中力だった。
生命を削る行為が世の中にいくつかあるのだとしたら、 まるで「鬼のように」翻訳をしていた自分は まさにその一例であるに違いない。 きっと身体からはオーラが出ていただろう。 正直、自分の身体の芯のほうからこれほどまでの パワーが机に向かって吐き出されることがあろうとは 思わなかった。 思ったよりずっと早く片付いた。 それでも、明け方の藍色が空に映るまで、 わたしの机には明かりがついていた。
普段ぐうたらなだけあって、この集中力には 自分でもちょっとびっくりした。 まるで親の敵を討ちに行くような 顔をしていたに違いない。
ここまで追い詰められたのは、 ようするに自分の甘さのせいなので かっこいいことは何もない。 「翻訳者は死んでも納期に間に合わせろ」という 誰かのことばが呪いのように脳みそにあった。 深夜、ずっとフジコが運命的なピアノを奏でていた。
やっと大切なひとたちへメールを書くことができる。 とてもうれしく思う。この小さな藍色の幸福。
書く暇がなかったから、ことばが飽和状態になって、 気が変になりそうなとき、どうやらわたしは 先に狂ったようにピアノを弾くらしい。 二時間近く、鍵盤に感情をぶつけていて、 意識はどこかへ漂っていた。 ショパン、エチュード。 ドビュッシーがあって、それから子どものころに弾いた 懐かしく哀しい曲まで。
かき乱される自分に、涙が出そうになった。 自分で奏でるピアノの音色は、技術は未熟だけれど、 それでもストレートな感情が出てきて ときにことばの百倍もの強さを持つ。
やりきれないいくつもの死を耳にした。 地球の前には何もできないし、 生はいつでも死と隣り合わせなのに、 この哀しみの大きさは何なのだろう。
わたしは自分の生活のなかで こうして生きていくしかないのだ。
でもやっぱり 安らかに、だの ご冥福、だのいったことばは わたしには使えそうもない。
ただ、あまりにこころが苦しいだけ。 そして、鍵盤に感情を爆発させる。
2004年11月03日(水)
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