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■ ナチュラルに、やわらかくあるために。
土曜日の夕刻、ドトール・コーヒー。 相変わらずノートPCに向かうわたしを、 ひとりの若い男が穴の開くほどじぃーっとみつめている。 (あらまあ、いやん)
年の頃、六歳くらいだろうか。 どうやら、わたしの愛人「メビウス・ムラマサ氏」が とても気になるらしい。 そうだろう。 だって、ネコのシールはってあるもの。 (傷を隠し、我が哀しみを癒すためだがね)
ずいぶん見てるので「パソコン、見る?いいよ」と 声をかけると、男はとても恥ずかしそうにうなずいて こちらに近づき、興味津々画面に見入り始めた。
すると、それに気づいた母親が大慌て。 子どもがわたしの邪魔をして申し訳ないと思ったらしい。 ものすごい勢いで、やめなさいっ!と子どもに 言うのである。 だめよ!お仕事の邪魔しちゃだめですっ! (お仕事でもないが、ね)
若い男は、すごすごと母親の元にもどる。 とても恥ずかしそうだ。
そんなにしかることないのにね。 これくらい、わたしにしてみれば なんということもない。
最近、ちょっとした親切を受けなれていないひとが あまりにも多すぎると思う。 ドアを開けてあげること、道を譲ること、 席を譲ること、PCの画面くらいみせてやること。
小さな親切で、逆にぎょっとされてしまうことがある。 とてもぎこちない。
ものすごい勢いで謝るのではなくて、 軽く微笑んで会釈したりして、「すいません」とか 「ありがとう」とか言うのが ほんとうのところなのではないだろうか。
あれでは、あの男の子が、 「自分はとても悪いことをした」というふうに 思ってしまう。
ナチュラルに、やわらかくあればいいのに。 そうすれば、親切をするほうもされるほうも、 とても気持ちがいいのに。
知らない人とかかわりを持つという機会が、 少なくなってきたということなのだろうか。
2004年09月18日(土)
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