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■ 生命の数、哀しみの度合い。
このところ、朝起きて新聞を眺めるのがつらいくらい、 痛々しい事件が目白押しである。 そのまま新聞をとじてしまいたくなる。
ここ日本では連続して狂気的な事件が起き、 その悲惨さに麻痺してしまうかもしれないという 危機感におそわれる。 実際、人を殺める人間は、そこのところ 完全に重要な何かが欠如している。 だが、このような社会がそういう人間を生産していく 悪循環を作っていくのだとしたら? 新聞も、恐ろしいツールのひとつだ。
バグダッドで、亡くなる人はもう、 ただの「数」に近くなってしまった。 恐ろしいことではあるまいか。
それでもわたしはこの日本で普通に生活している。 日常生活はそこにあり、それでも地球は回り続ける。
愛用のノートPC「メビウス・ムラマサ氏」に がりっと傷をつけてしまったことに、 ショックを受けたりしている。
そのショックを癒すために、可愛らしいシールをはって 気持ちをやわらげようとさえしている。
哀しみの度合いとは何だろう。 家族をなくした人がいて、PCに傷をつけてしまった人もいる。
なんだろう、この皮肉は。
2004年09月15日(水)
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