 |
 |
■■■
■■
■ グラウンド・ゼロをどうみるか。
あの日、わたしはエディンバラにいて、 アメリカ人のフラットメイトと暮らしていた。 2001年の9月11日のことだ。
あの日ほど、世界中を身近に感じたことはない。 鮮烈なテロというイメージに、地球市民であり ひとりひとりの学生であるわたしたちは ただただ黙って一緒にテレビを見ていた。 あまりの恐ろしい映像に、小さな声をあげ、押し黙り、 ぽろりぽろりと意見を交わした。 ヨーロッパ人、アジア人、アメリカ人、アフリカ人、 とにかくいろんなひとたちが、個人として その空間をシェアしていた。
映像になって流れていないから、恐ろしいことから 目をそらせるわけではない。 あの日、まさに911のあの日、「カミカゼ」という 言葉がテレビから流れてきた。 わたしの大叔父は、「カミカゼ」だった。 そんなこと、誰がその場で言えるだろう。 あまりにも深すぎる溝なのだ。
世界はあのときより恐ろしくなった。 人がたくさん死んでいるのはイラクだけではない。 スーダンでは、百余万人が避難民となっているという。
自分が、ここ日本は東京の珈琲館で カプチーノを飲んでいる間に。 三年たった、911(+2)の日に。
2004年09月13日(月)
|
|
 |