あふりかくじらノート
あふりかくじら



 本格小説読後感。

水村美苗は、この物語を書くべくしてそれを天から授かった
ということを、強く感じさせる物語である。
前編に撒き散らされたかけらたちは、後編に進むごとに
ひとつずつ寄り合わされ、そして人生の永い時の流れ深みに
読者を引き込んでいくような作品だ。
読んだあと読者は、フミコの人生を生きてしまった感覚を
どこかでおぼえてしまうだろう。

水村美苗、この物語に人生を取り込まれており、
日本と米国との境で生きている人間であるから、
これは彼女の筆をもってしてのみ世に生み出せる
ものであっただろう。

流れるような日本語はとろりとして濃く、
饐えたような空気が匂い立つ文章の中で、
東太郎の絶望的な孤独と強烈な引力から逃れられなくなる。
見たことがあるはずもない東太郎のまなざしが、
脳裏に焼きついて離れそうにない。

これは、夜通し読み聴かせてもらう、明け方の物語である。
そして読者はまた、誰かに読み聴かせなくてはならない、
かもしれない。

***

水村美苗 著『本格小説』(上・下)新潮社

…覚悟してください。




2004年03月18日(木)
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