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Montgomery Book

第3章 (4) 名付けることは創りだすこと

あのね、あたしはたとえあおいの花でも一つ一つにハンドルがついてるほうが好きなの。手がかりがあって、よけい親しい感じがするのよ、ただあおいと呼ばれるだけだったらきっとあおいが気を悪くするんじゃないかしら。小母さんだっていつもただ女とだけしか呼ばれないのはいやだと思うわ。そうだわ。あたし、あれをボニーと呼ぼう。

アン・シャーリー/「赤毛のアン」

 モードは膨大な人物の名前と役割を、コンピュータの無い時代にどうやって整理していたのだろう。「私は昔から変わることなく理路整然狂でした」と書き残している(「モンゴメリ書簡集1」より)が、並外れた記憶力の他に、名付けの才能があり余るほどあったのは確かだ。主人公や準主人公はいわずもがな、驚いてしまうのは、作品の長短を問わず、1行でも登場する人物のほとんどすべてが、フルネームもしくはニックネームを持っているということだ。人間だけでなく、場所や植物、動物、感覚にすら名前が付けられている。

構想に関してですが──まあ、わたしはメモ帳をいつも手近なところに置いて、筋とか登場人物についての着想、あるいは、頭に浮かんだエピソードを簡単にメモするようにしています。そのあとで、気に入った筋をひとつ取って、それに調和するような登場人物やエピソードを選び出します。

「モンゴメリ書簡集1−G・B・マクミランへの手紙−」

 もし、全作品の配役表のようなものがあるのなら、ぜひ見てみたいと思うほど、名前の数は膨大だ。「赤毛のアン」だけでも、作中人物、もしくは想像上の人物が100人以上、「恋人の小径」などの場所や「ボニー」などを入れると150近くになる。モード自身、子どものころ、子ども部屋の本箱についていた2枚の鏡にそれぞれ映る自分の分身を、左の鏡がケティ・モーリス、右側をルーシー・グレイと名付けていた。ケティ・モーリスはアンが同じように名付けた分身と同じ名前で、何でも秘密を話せる同年代の女の子だった。「ルーシー・グレイは大人でしかも未亡人」(「険しい道」より)、いつも不幸な愚痴ばかりいう。モードが好きなのはケティのほうで、この二人はお互いに相手のことをこころよく思っていなかったが、モードはどちらにも平等に接するようにしていた、というのである。

 長編のヒロインたちは皆、この、名付けの才能を生まれ持っている。アンが名付けた「恋人たちの小径」や「輝く湖水」、「雪の女王」、「腹心の友」といった名前に触発され、自分でも回りのあれこれに名前を付けた人は多いことだろう。私もこうした「ハンドル」をこよなく愛するもののひとりである。

『スミー』
それは、なめらかで、つやつやしており、柔らかくて、しかもふわふわしているってことを、一度に言いあらわす言葉ですが、そのほかにも、どう言っていいかあたしにはわからないことを言いあらわしているのです。

エミリー・バード・スターの造語。猫のマイク二世のこと/「かわいいエミリー」

 モードの作品において、一度付いた名前はまず混同されることはない。ただし、ごくまれに、名前をもらってもいいはずの人物が「○○の妹」などと単純に片付けられている例外もあるにはある。ともあれ、すべての作品を合せると、名前の付いた存在は3000を越えることが想像される。これだけでも人名辞典ができそうな数だ。

 「炉辺荘のアン」では、アンがケン・フォードのことを「レスリー・ウェストの息子」と呼ぶくだりがある。レスリー・フォードは旧姓でもレスリー・ムアなのでおかしいと思い、登場人物のメモを見ると、ウェストはレスリーの最初の結婚前の、つまり生まれた時の姓だったりする。「アンの夢の家」には娘時代の話として出てくるが、炉辺荘時代のレスリーは再婚してフォード姓になっている。

これまでもわたしが小説の中で用いた地名は実在しますし、挿入したエピソードも実際にあった話でした。しかし登場人物だけはわたし自身の想像力がすべて創造したものです。

L・M・モンゴメリ/「険しい道」

 マリゴールドの魔法」で特徴的なのは、恐ろしい数のおじさんやおばさん一族。彼らは小さなマリゴールドの世界に総登場して同族の絆を強調している。物語のはじめに彼らが、一族の新入りであるマリゴールドの名前を寄ってたかって考える顛末は皮肉とユーモアに満ちている。話が脇に寄るが、マリゴールドには「ブレアウォーターのマレー家」(エミリーの一族)も話のついでに登場している。

こけらいたのほんとうの名前はマリリン・フローレンス・イザベルです。
スノービームのおばさんは子供たちにくれてやれるのは凝った名前だけだといっていました。

ジェーンから母への手紙/「丘の家のジェーン」

 こうした名付けの背景にはアンがいうように、「ただ○○と呼ばれるだけだったら、きっと気を悪くする」というような意識があったのかも知れないし、人に忘れられることへの不安もかいま見える。自伝の「険しい道」によれば、幼いころ、モードはある老人に─「ストーリー・ガール」のマーチン・フォーブズのモデルになったという老人に─からかって「ジョニー」と呼ばれ、彼はモードに徹底的に嫌われたという。これはかなりトラウマになったことだろう。モードはエミリーにも同じような体験をさせているほどである。

 名によってすべての存在に個性を持たせることは、物語をよりリアルにするための有効な手段にはちがいない。モードは作品のなかのすべての個性に、その名でしか呼び得ない名を与え、独特の親しみやすい雰囲気を創りだすことに力を注いでいる。

ねぇ、マリゴールド、誰もわたしの名前を呼んでくれなくなってから三十年もたつんだよ。
わたしの名前を知ってるかい?

大きい祖母/「マリゴールドの魔法」
参考文献
2001年07月06日(金)


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