ケイケイの映画日記
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2024年01月08日(月) 「 PERFECT DAYS」




遅ればせながら、明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。

今年の最初の作品です。本当は「ノセボ」が本年一発目のつもりでしたが時間が合わず、それほど期待は高くなかったこちらが幕開けに。これが何と素晴らしい!初老男性のルーティンの毎日が、津々と心に滋養を注いでくれました。監督はヴィム・ベンダース。役所広司のカンヌ映画祭主演男優賞受賞作。彼の素晴らしい演技も見どころです。

公共トイレの清掃員の平山(役所広司)。下町の古いアパートに住む初老男性です。チャラくていい加減なれど、愛嬌のあるタカシ(柄本時生)とコンビを組んでいます。ある日、毎日規則正しく生活をしている平山の元に、妹(麻生祐未)の娘である姪のニコ(中野有紗)が、母親と喧嘩して家出してきます。

清掃員を主役にするのはいいけど、何でトイレ?と観る前は思っていましたが、観て納得。東京の公共トイレは、清潔なだけではなく、その場に応じて遊び心があり、とても楽しい!外国人に日本のトイレの評判が高いとよく耳にしますが、それをとても実感出来ます。

観る前は、平山は孤高で少々偏屈な人なのかと想像していましたが、予想×。タカシは変人とも称しますが、それも違う。朝起きると雑草に丁寧にキリを吹きかけ、口髭の手入れから始まります。夜明けに家を出る時は、必ず微笑んで空を見上げ、朝食代りの缶コーヒーを購入。それも苦いブラックではなく、甘いカフェオレなのもご愛嬌。ルー・リードやパティ・スミス、その他のカセットデープを日代りにチョイスしながら、仕事場までドライブ。丁寧で生真面目な仕事ぶりは、彼の人柄と、仕事への遣り甲斐と誇りをも感じます。

雑草を育てるのは、凄く共感しました。私は分譲マンションの管理員で、マンション内の一部に砂利を引いている個所があって、そこに種が飛んできて、雑草が生えます。それが見事な花を咲かせたり、立派な枝ぶりになる事があるのね。この仕事をする前は、雑草は雑草であって、こんなに綺麗に花を咲かせるなんて、思ってもいませんでした。人目につかない場所なのを良い事に、草むしりの時は、実は選別しているのです、私。館内を巡回中の時、おぉ、いいねいいねと、育っているのを見るのは、私の小さな楽しみです。平山はプラス、そこに自分を重ねているように思うのです。

仕事が終われば馴染みの銭湯へ。駅構内の居酒屋で、大将の威勢の良い「お帰り!」の掛け声と共に、チューハイが出てくる。会話こそないけれど、常連さんたちへ、愛想良く笑顔を向ける平山。お昼のサンドイッチを食す境内でも、いつも隣合わすOLさんにも、会話はないけど笑顔を向けて挨拶。

テレビもパソコンも無い家では、夜は読書で過ごす。休日はコインランドリーで洗濯。写真屋で趣味のカメラのフィルムを現像して貰い、新しいフィルムと交換。古本屋で文庫本を購入し、その後、これも馴染みのスナックへ。平山とママ(石川さゆり)が、お互い憎からず思っているのも解ります。もう最高じゃないですか?何の変哲もない日々から、心豊かに充実した毎日が感じ取れるのです。

何がびっくりって、この初老のおじさんの、平凡なルーティーンの毎日が、観ていて実に興味深く楽しくて、全く飽きないのです。まず一口にルーティーンと言っても、少しずつ変化やアクシデントあり、全く同じ日はなかった事。私自身、刺激や変化は好まず、出来れば同じ日々を繰り返す方が好きです。(退屈でも全くOK)そう思うと毎日過ごす平凡な日々が、何と愛しく尊いのだろうかと、感じ入りました。

平山は、超寡黙なのに、どこでも絶妙な距離感を保ちながら、人々に好かれています。身だしなみが良く、行儀の良い所作。他者への穏やかな気遣いが自然と出来るところなど、、育ちの良さと教養が浮かびます。そして、タカシの想い人のリサ(アオイヤマダ)から、ほっぺにチューされて、思い出し笑いなんかして、なかなかお茶目なんだなぁ。適度に抜けていたり少々隙もある。人格者だと判るのに、構えなくても良い人です。ちょび髭のせいか、少しチャップリンを思い起こしました。この地味で少しユーモラスな日常を映すだけで、平山が愛すべき好人物であると理解させる脚本と演出に、本当に感激しました。

ニコはミドルティーンでしょうか?家出先に、何年振りかに会う伯父を選んだのは、昔から平山を慕っていたのでしょう。安全な血縁者を選ぶことに、無鉄砲さのない、賢い子だとも思います。闖入者にもルーティーンを壊さず、柔軟に対応する平山。物事を受け止める度量があるのでしょう。

しかし、娘を迎えに来た妹との再会は、何事もさざ波として受け止めていた平山に、大きな感情のうねりを齎します。運転手付きの車で迎えに来た妹の言葉から、元は平山も裕福な出だと判ります。皮肉めいて「こんな家に住んでいるのね」と苦笑いする妹ですが、娘を預かってくれたお礼に、平山の好物を差し出します。お金なら、決して受け取らない兄だと解かっているのでしょう。施設に入っている父に会いに来て欲しいと告げ、「兄さん、本当にトイレ掃除の仕事をしているの?」と問いかける顔からは、侮蔑ではなく、無念さが滲むのです。私の兄は、もっと優秀な人なのに、という気持ちなのでしょう。

妹と姪を抱きしめ、見送った後、男泣きに泣く平山。初めて見せる感情の昂りです。平山に何があったかは、描かれません。想像するに、裕福な気位の高い家庭では、平山の純粋な感性や感受性を受け止めて貰えず、家を飛び出してしまったのかな?その過程で、父親に傷つけられたように想像しました。平山の涙は、父の、家族の期待に応えられなかった、己の不甲斐無さに対してだったのでは?と感じると、私にも胸に迫るものがありました。縺れた紐の原因が、自分にあると顧みる事は、なかなか出来る事ではありません。

ママの元夫(三浦友和)との会話は、人生の終盤に差し掛からねば解らない含蓄があり、ここも心に染み入ります。説明のつかない自分の感情は、老いては無理に答えを出そうとはせず、自分の感情に従っても良いのだと思いました。

ラストの、涙を堪えて笑おうとする車中の平山に、堪らず私も涙しました。毎朝の空を見上げての笑顔は、彼なりの「火打石」だったんでしょう。「パーフェクトな日々」は、平山が自分を見失わず、生きる事に誠実に向き合って、作り上げた日々なんですね。どんな境涯でも、人生の豊かさは自分で見つけ、自分で育むのだと、教えてくれる作品です。登場人物皆が、祝福されますようにと、祈らずにいられません。



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