ケイケイの映画日記
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2023年11月06日(月) 「月」




う〜ん・・・。この作品を観たシネ・ヌーヴォは、有難い事に一か月前に上映時間が解ります。久しぶりにヌーヴォで観たくて、時間を合わせてやっと鑑賞。安全杯だと信じ込んでいたら、まさかの大外れ。さもリアルに描いているようで、本当に現場をリサーチしたのか?という場面続出で、その場限りで繋いでいく内容に、だんだん腹立たしくなりました。監督は石井裕也。今回罵詈雑言になりそうなので、ネタバレです。

新作が書けなくなった作家の洋子(宮沢りえ)は、売れないアニメーション作家の夫(オダギリジョー)と二人暮らし。生まれて三年間寝たきりだった息子を看取った、辛い過去があります。息子の死から立ち直りつつある洋子は、知的障害者施設の介護職員として働き始めます。施設の職員には、陽子(二階堂ふみ)やさとくん(磯村勇斗)らがおり、厳しい介護の現場に、皆が疲弊しいます。そんな折、洋子の妊娠が発覚。洋子は高齢出産となり、出生前診断が可能です。夫婦は命の選択という岐路に立たされます。

この作品は記憶にも鮮明な、相模原市の介護施設で、優性思想を持った介護職員の大量殺人を基にした作品です。常に禍々しく薄暗い画面、鬱蒼とした森、物々しい施設の様子。まるでダークホラーです。そのつもりですか?違いますよね?それと余計な描写、情報があり過ぎて、障碍者の人権や命を考えるはずのテーマが、絞り込めておらず、大変散漫な印象です。

例えば陽子。作家志望で、ここで働けば、題材等得るものがあると、言わばスケベ根性で働いています。この設定に文句はありません。しかし、父が不倫体質、自分の才能の無さに生きている値打ちがない、上手く行かない自分の人生のストレスからの虚言癖。必要ありません。ストレスからの虚言癖なら、仕事の辛さだけに絞るべき。

洋子は震災の時の取材体制のせいで、書けなくなりました。話は通じますが、これも話を広げすぎ。障害を負った子供の生死が、書けなくなった理由で充分。そして何故、主治医の産婦人科医(板谷由夏)が、洋子の友人なの?これも余計。アドバイスに「友達としてではなく、医師として言うね」と断るなら、ただ主治医と患者の関係で充分です。わざわざ友人にする理由が解らない。

三年ぶりに仕事を見つけて来た夫。マンションの管理員です。私は分譲マンションの管理員として10年目に入りましたが、ここの描写がズタズタ。夫の年齢は40代半ばくらいか?この仕事も低賃金です。私が入社した頃は60歳からスタートする仕事だと言われ、私は散々あちこちで「若いのになんで?」と言われました。年々仕事を始める年齢は高くなり、今は65歳です。夫の年齢ならもっと賃金の高い仕事があります。何故この仕事?二人体制という事は、100軒以上の物件なのでしょうが、ゴミ庫が無駄に広すぎ。あの広さなら、ゴミはそれぞれ分別できるコンテナがあります。そして大規模なマンション程、清掃専従の人が別に居るので、ゴミ庫の清掃もしてくれるはずです。防犯カメラのウィンドが一つで画面占領も有り得ない。通常4分割〜8分割です。管理事務所で待機中は、そうやってマンション全体を監視しています。さとくんが、いきなり夫の勤務中にマンションに入れるのも謎。オートロックは?無いなら、正面の窓を開けっぱなしはあり得ない。何故なら、立ち入り禁止の管理事務所に、そこから突進される危険があるから。

極めつけは相方の管理員。性格悪いのはまだしも、「あんたの履歴書を読んだけど」。本当に憤慨しました。そんな重要な個人情報、会社の庶務方でも普通閲覧出来ません。ましてや現場職。どうして読めたの?誰が見せたの?うちは毎月研修がありますが、必ずコンプラについて言及があります。こんないい加減な仕事内容、悪意満タンの人でも出来る仕事ではありません。自分の仕事をバカにされた思いでした。何のために夫の仕事を管理員にしたの?これも必要ないです。

これと同じことを、現在介護に携わる方々も感じたんじゃないかな?例えば糞尿まみれで個室に監禁されている利用者。認知症に症状として、便に固執するのは知っていますが、監禁はあり得ません。総がかりでお風呂に入れるはずです。お友達によると、原作でもこの描写はあったそうな。創作なのか実話なのか、稀にはあるかも知れません。私が言いたいのは、何故そのような「滅多にない」扇情的な場面を描くのか?です。

その他にも、施設の体制がぐちゃぐちゃ。男性二人が当直の時もあれば、事件が起きた時は陽子一人が当直。暴れる入所者が懸念される施設なら、女性一人の当直はあり得ないはずです。いたずらに入所者のてんかんを誘発する職員やら、やる気のない職員ばかり描き、何故頑張って介護する職員を描かかないの?数で言えば、まともな介護職員の方が、「絶対」に多いです。そんな片手落ちの描写の羅列で、真に問題定義が出来るとは、思いません。

心優しい職員だったさとくんの、心の急変も謎が多い。糞尿にまみれた入所者と自分を同一視してしまった時からです。でもその入所者の異変は、薄々は判っていたはず。背中を覆う刺青を見せる必要は?大麻吸引の場面を見せるのは?彼が前科者か、似たり寄ったりだと言いたいと思いました。介護は人手が足らず、受刑者が刑務所で資格が取れたはず。それを想起させる人が殺人に手を染めるのは、真面目に働くその人たちへの偏見を、助長するのじゃないですか?

それと支離滅裂な言動から、さとくんは事件の前に措置入院となります。措置入院は、自傷他害の恐れありの人を、二人の精神科医が入院妥当だとして、初めて入院。二週間で退院はあるかも知れない。でもこんな短期間の入院なら、保護する人がいないと、退院出来ないのでは?いないなら、警察の監視下に暫く置くと思いますが。

私は現職の前は、13年間医療事務をしていました。最後は精神科のクリニックに5年半いました。勤める前は、自分は差別心はないと思っていました。勤めて直ぐ感じたのは、あぁ私はこの人たち、人であって人ではないと思っていたんだ、差別してたんだよと、痛感しました。「僕の友達がアルカイーダで、エリザベス女王の友人なんです。今ポンドが下落しているでしょう?女王が泣いているらしいですよ」と、ニコニコ話す患者さんと、私は普通に映画の話で盛り上がっていました。妄想は確かに凄いですが、それ以外は至って普通。皆、変わった事は常に言うので、それも楽しい。バカにしているのではなく、単純に面白いのです。

それと同時に、とにかく決まりを守れない、自分勝手が過ぎる人が多いので、あんなに患者さんの悪口を言って発散した科もないです。しかし私は受付だったので、患者さんの医療者側への悪口もいっぱい聞きました(私の悪口も言ってるだろう)。同じ土壌に立っているから、悪口合戦になる。この人たちも私も、人間同士なんだよ。そして精神病も障害(知的障害、発達障害もたくさんいた)も一様ではなく、人柄も気質も理解力も様々です。人格とそれらは別物だと思い知ります。私が精神科に勤務した一番の収穫はここです。

これは介護職についた人も、同じだと思います。私なんかより、もっともっと厳しい環境に身を置いた方々の方が、障碍者は個体ではなく、人間なのだと、痛感していると思います。それは志がなく、「でもしか介護職員」もそうだと思う。私は昨日今日来た洋子の告発なんかではなく、ベテラン介護職の人への敬意を持った、そういう描写が観たかった。それは決して綺麗事では、無いはずです。

介護職の人の離職は、短期間の人はともかく、仕事そのものが嫌になったは、少ないと思う。理由は低賃金、劣悪な勤務体制、スタッフの人間関係の悪化ではないですか?せっかく「こんなに大変で給料は17万」というセリフが出たのに、それをストーリーに絡ませず、勿体ないと思いました。さとくんも、これらの要素で病んでいった、の方が、説得力があったと思います。

良かったのは、洋子夫婦の描き方。子供を亡くした夫婦のその後は、お互いを思いやりながらも、このようにすれ違うのだと思います。夫が小さな賞に入賞し、「今度回転寿司に行って、いっぱい食べよう。賞金出るんだ、五万円だけど」との言葉に、嬉しくて号泣する洋子。「お金なんか関係ないよ」。かつて彼女が貰った賞には、比べるべくもない小さな賞だと思います。でもこの数年の夫のどん底の葛藤を知るから、心から嬉しいのですね。夫婦の再生を祝福しているようで、このシーンは大好きです。

私は40で初産の人が、「出生前診断はしなかった。どんな子でも受け入れる気でいた」との言葉を直接聞いた事があります。出生前診断で、子供に異常があれば96%が中絶を選ぶとのセリフは、診断する人は、異常があれば中絶が前提なのだと思います。これをどうこう言う人がいるなら、私は人でなしだと思う。障害児を産まなくて済んだと安堵する人はおらず、自分も傷ついているはず。一生その事を背負って生きているはずです。

新聞で読んだ、療育施設の所長さんの談話を要約して書きます。「障害を持つ子供は、小さなうちから見つけ出し、早くから療育機関に繋げること。そうすれば、必ず社会に適応でき、就労に繋がる。人口が減る中、生産性のある人を社会に送り出す事は、税金の収益にも繋がり、国力アップとなる。なので、これらの責任は国にある」。朝から胸が熱くなりました。

この作品に描かれた障害者は重度で、就労は難しいです。しかし基本は同じ。扇情的な場面の羅列の割には、薄っぺらな内容で憤慨しましたが、この事が再認識出来たのは、私的に収穫です。作り手の、あなたはどう思うか?の私の答えは、生まれ来る人々は、全て生きる権利がある。それは重度障碍者だとて同じ。その人たちが、状態に応じて安寧な生活がどうすれば送れるか
、それを考えるのは国の仕事。しっかり国に考えて貰って、私たちはその財源を作るべく、しっかり仕事して、税金を払う、です。

かつて看護師が不足していて、国は担い手を作るため、医療者としての位置づけを医師の直ぐ下に置き、賃金をアップして、国ぐるみで地位を高めた、という話を読んだ記憶があります。それを今度は福祉業界で働く、介護職や保母さんにして欲しい。福祉の世界は、かつて母・妻・嫁・娘が、愛情や責任の美名の元、当たり前のように無報酬で担っていました。政府は、女子供が今までタダでやっていた仕事、金が当たるだけ有難いと思えの感覚でいたのが、今の惨状を生んでいる。陽子の父が言う、「娘は尊い仕事に就いてる」のセリフは、私もそうだと思います。福祉業界で働く方々が、プライドを持って仕事が出来るよう、国に猛省を促したくなる作品でした。









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