ケイケイの映画日記
目次過去未来


2023年10月23日(月) 「キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン」




長い映画が大嫌いと公言して幾歳月。駄作がほぼないレオの主演、何度も組んで秀作も多いスコッセシが監督(「ウルフ・オブ・ウォールストリート」が大好き)、おまけに悪役がデ・ニーロなんで、観ない選択なんかあるもんか。と、決死の覚悟で206分観て参りました。あっと言う間、とは言いません。実話が元の大事件なのに、淡々と進む画面に、まるで狐に摘まれた気分。少々冗長だなぁと思いつつ、終盤のセリフに目が覚めました。その意味を体感して貰いたくて、こんな長い時間かけたんだと理解しました。監督はマーティン・スコセッシ。

政府によって、オクラホマに強制的に移住させられた先住民族のオセージ族。しかし、その居住地から石油が出たため、彼らは一気に白人以上の富裕層となります。戦争帰りのアーネスト(レオナルド・ディカプリオ)は、その土地で資産家として暮らす叔父のヘイル(ロバート・デ・ニーロ)を頼り、移り住みます。オセージ族の女性モリー(リリー・グラッドストーン)と恋に落ちたアーネストは、彼女と結婚。程なく不可解な殺人事件が多発して、ワシントンから派遣された特別捜査官(FBI)のホワイト(ジェシー・プレモンス)が、捜査に乗り出します。

当初はホワイトの役がレオで、犯人捜しのミステリー調の予定だったとか。それをレオが、今回のような事件の闇に重点を置いた内容に変更を申し出たんだとか。彼の人種差別に対しての、意識の高さが伺えます。因みに今回の事件の捜査を指令したのは、あのJ・エドガー・フーヴァー。映画の「J・エドガー」でレオが演じていましたね。

オセージ族の金満家ぶりがすごい。インディアンと呼ばれる人々にこんな史実があったとは知らなかったので、面食らいました。服装や生活様式も白人に寄せて、いやそれ以上です。しかし受益権と呼ばれる権利やお金の出し入れは、多くは白人に管理されていたようで、オセージ族の純血である人、そうでない人では、受けとる金額に違いもありました。

既に数十人オセージ族が殺されているのに、警察は捜査しない。多くはお金目当てでオセージ族と結婚した白人の夫が、妻たちを殺しているのです。しかし、危機感は募らせるものの、次々と白人と結婚していくオセージの女性たち。

これ、男女逆なら解り易い。権力のある男性が、金に物を言わせて女性は選り取り見取り。その逆バージョンと思えばいいのでしょう。同じ境遇の女性たちが、次々死んでいくのに、どうして?そこには愛があるからというより、お金が今までインディアンだと差別されていた女性たちを解放、それが高じて傲慢にしたのじゃないかしら?お金って怖い。

牧場経営のヘイルは、オセージの人々にとても友好的。集会などにも顔を出し、文化や教養の面で、オセージの人々の後押しもする。レオはヘイルの差し金であっても、本当に妻であるモリーを愛している。二人からは表面的な親睦とは、感じません。悪意と親睦・愛情は、共存出来るはずがないのに。あまりにまったり展開するので、ブラックコメディを見せられている気分でした。

そこに終盤に出て来た白人のセリフ。「インディアンの命は犬の命より軽い」。あぁー。この言葉で、全て腑に落ちました。オセージの人々は、白人から人間扱いされていないのです。愛玩されるペットのようで、その実ペット以下の扱い。命も勝手に出来ると思われている。良心の呵責に苛まれる様子もなく、これが当時の白人としての「正しさ」なのでしょう。

この言葉で思い出したのが、「ハーツ&マインド」に出てきた、「黄色人種の命は、白人の命より軽い」です。人種の坩堝のアメリカで、脈々と受け継がれる差別。「人間ではない」。ヘイトスピーチや暴力を受ける、それよりもっと恐ろしいと思いませんか?「福田村事件」で描かれた貧しさから来る差別とは、根本が違うと感じました。

聡明なモリーは、自分も殺されようとしている事を、知っていました。甘んじて受けていたのは、夫の良心に賭けていたのじゃないかな?命懸けで夫を愛していたのか?それだけではないと思います。この頭の軽い夫は、薬の中身は妻の糖尿病の特効薬のインスリンだとは信じていない。「一瓶全部注射しろ」と言われているのに、妻には半分だけ打って、半分は自分が飲む。それでも戦う事も助ける事も出来ないのです。

モリーはアーネストの「顔が好き」で、伴侶として選びました。他の女性たちと似たり寄ったりの理由です。でも共に家庭を育み、アーネストの性格を熟知しているから、自分の身体を使い、この事件の解決の突破口にしたかったのじゃないかな?彼女は賭けに勝ちました。でも試合に勝って、勝負に負けたんだよ。アーネストの良心を目覚めさせたのは、妻の存在ではありませんでした。モリーは家族としてだけではなく、夫としても、アーネストを愛したかったはずだと、彼女の瞳から窺える、深い哀しみから感じました。

人を食ったような趣向で(面白かった。スコセッシも出てくる)、後日談が語られますが、えぇ!と、罪の軽さにまたびっくり。FBIが出てこようが、命は犬より少し重くなった程度で、白人よりずっとずっと軽かったんだね。

デ・ニーロは、最後まで全然怖くありません。だって悪意がないのだから。そこが一番怖いのですけどね。怖く感じさせちゃダメな役柄なので、やはり好演でした。レオは今回全然カッコ良くないです。顔だけの男で、思慮が浅く知恵も足らない、でも悪党でもなく、妻子を思う気持ちは真実です。なのに、悪事に手を染めることに、全く逡巡がありません。その曖昧さが、すごく上手くてね。またオスカー候補なるかな?リリー・グラッドストーンは、思慮深く教養があり、頭も回る、聡明なモリーを演じて、出色。静かで慎み深い様子からの深い哀しみが、私の胸にも沁み込んできました。彼女はオスカー候補になると思います。ジェシー・プレモンスは、脇役ながら、着々とキャリアを積み、今回もそれなりの大きな役で、偉くなったなぁと感慨深かったです。

面白いかと言えば微妙ですが、観る価値は充分です。サスペンス仕立てにした方が集客力はあったでしょうが、敢えてハリウッドの大監督と大スターが、別の視点から描いた事に、深い意義があると思います。知らなかった史実で、私的には大変勉強になりました。見聞が広がったかな?長いので、二週目から一回上映の劇場も出てきているので、ご覧になるなら、お早めに。




ケイケイ |MAILHomePage