ケイケイの映画日記
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2023年08月09日(水) 「658km、陽子の旅」




わー、凄く良かった!現代的な要素をモチーフに、引きこもり気味の女性の内面をロードムービーとして描いています。懐かしいような感情が、心に湧き上がってきました。監督は熊切和嘉。

青森から上京して22年の陽子(菊地凛子)。夢破れて、現在は半ば引きこもりのような様子です。従兄の茂(竹原ピストル)が突然現れ、父(オダギリジョー)が亡くなったと言います。茂家族と共に、葬儀のため車で故郷に向かう陽子。しかし、不慮の出来事のため、サービスエリアで茂とはぐれてしまいます。

脚本上手いなぁと思ったのは、陽子のスマホが壊れていたこと。妹が何度も連絡しても繋がらないので、突然茂が現れる。茂とも同じ東京に住みながら、随分と久しぶりな様子の陽子に対して、妹は如才なく親戚付き合いもあるようです。

現在は財布は忘れても電子マネーで何とかなるけど、スマホがないと、本当に致命的なんだなと、この作品を観て痛感しました。私の若い頃はガラケーさえなく、いったいどうして連絡とってたんだろう?と、暫し思い起こしてしまった。この場合なら、サービスエリアの受付に茂は伝言、陽子も尋ねる。まぁこれが思いつくのは、だいぶ年寄りですな(笑)。陽子の年齢なら、まずお手上げです。

財布は車の中。所持金は二千円札が一枚(!)。仕方なくヒッチハイクで家まで辿り着こうと決心します。まず最初に乗ったのが、就活で面接の帰りのシングルマザー(黒沢あすか)。気を使ってパンまで買ってくれたのに、陽子は愛想も礼儀もなく、四十路だろうが、なんだその態度は!と、私はイライラ。別れ際にお金を貸して欲しいと陽子は頼みますが、シングルマザーは、「さっきのパンで持ち合わせがなくなったの」と断ります。お金の持ち合わせではなく、親切の持ち合わせかもなぁと、感じました。

降ろして貰ったインターで、同じくヒッチハイク中の若いリサ(見上愛)と知り合い、自分とは違うコミュニケーションの上手さに、引いてしまう陽子。別れ際に寒くないよう、マフラーまで貰います。

次に乗せて貰ったのは、自称ライターの男(浜野謙太)。陽子は時々、父の「亡霊」を観てしまう。勿論それは彼女の思い出の中の父の想念です。男と別れた後、父の亡霊は彼女を殴る。独り言のように、愚にもつかない事で、幼い時の父の悪口を言う陽子ですが、厳しくとも真っ当で、善き父であったのだろうと、このシーンで思いました。

そして次の老夫婦(吉澤健・風吹ジュン)。その温かさに心がほぐれたのでしょう、、無口だった彼女は、やっと礼が言えるまでになる。老夫婦に紹介して貰った女性(仁村紗和)を経て、父と小学生の息子の車に乗せて貰った時、陽子は切々と、自分の人生を吐露します。あぁ、恩送りだなぁと思いました。この二日間、様々な人と接して、成長した彼女は、その姿を見せられなかった人たちの代りに、この親子に見て貰っている。

人は自尊心を失うと、孤独と虚無感に苛まれ、正しい認識さえ奪われてしまうのだなと、陽子の吐露に、涙ぐんでしまいました。陽子は弱いからそうなったのか?いえいえ、一つボタンの掛け違え、階段の踏み外しで、誰もがなるのじゃないかしら?彼女の吐露を聞いて、何故親戚に電話が繋がったのに、切ってしまったのか、理解出来ました。立派に家を継いだ妹への、劣等感だったのでしょう。

菊地凛子が絶品!殺伐として干物みたいな陽子は、年相応の経験も不足しているようで、とにかく幼稚。いやもう、その様子が本当イライラさせる。42歳の女性が、22年間背を向けた父親の葬儀に、ヒッチハイクで向かうのは、とても無様な事です。しかしこれが陽子42歳の人生の集大成なら、しっかり見届けてあげよう。そう思わずにはいられない陽子を、見事に演じきっていました。今までの彼女の中で、一番好きです。

昨年冬に撮影だったのでしょう、雪景色も観られます。荒涼たる陽子の感情に、少しずつ血が通い始める姿を、是非ご覧ください。


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