ケイケイの映画日記
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2023年03月05日(日) 「別れる決心」




グズグズしているうちに、観て一週間が経ってしまいました。でもその方が良かったみたい。私にはサスペンスではなく、既婚者同士の「純愛」が、一番心に残る作品だと確信できたので。「恋に落ちて」を彷彿させました。監督はパク・チャヌク。

真面目で温厚な刑事のヘジュン(パク・ヘイル)。山から転落死した男性の捜査に当たっています。男性の妻で中国人ののソレ(タン・ウェイ)が、容疑者として浮かびますが、何度も取り調べをする中、二人には好意以上の気持ちが芽生えます。

実はワタクシ、ポン・ジュノもいいんですが、チャヌクの方が好きです。チャヌクと言うと、暴力描写が激しく、大量出血が売り物と思わていましたが、最近は趣が変わってきています。この作品も凄惨な描写は敢えて映さず、それが返って観客の想像力を掻き立てます。苛烈から情感へ。これが成熟かな?

母方から韓国系の血を引くソレ。その母が彼女が中国から韓国へ「逃げて」きた理由です。一向に出てこないソレの父親。母一人娘一人だったのかも。母の病気を治すのに役立ちたいと看護師になった、と言うソレの話が哀しい。

一方、最年少で警視と成る程優秀なヘジュンは、仕事のストレスから不眠症となっています。張り込みの過酷な様子も描かれます。平日は妻とは別居で週末だけ帰宅するヘジュン。私が違和感を抱いたのは、帰宅中にヘジュンが夕食を用意していた事。妻も要職を得て激務で疲れているしょう。でも子供もいない夫婦、自宅に帰って来た夫には、普段家にいる妻が、夕食を振舞うのが自然だと思いました。

上司が別居婚を危惧することを、一笑に付す妻。曰く、その都度セックスしているから、大丈夫なんだとか。別居婚よりセックスレスの方が離婚率が高いのだと言う。うーん、行為の最中、明後日向いてセックスする夫に、違和感を持たないのかな?この夫婦を観ていると、円満な同居人のように見える。

一方、幾度の逢瀬を繰り返し、そのチャンスがあっても、ヘジュンとソレは、一線を越えません。リップクリームを使っての間接キスや、その他の描写の官能的な事よ。セックスしないのは、二人の間に壁があるから。壁を崩壊させるのは、二人で地獄に落ちるのを理解しているのでしょう。

ソレから離れ、単身赴任から戻った夫に、妻は元気がないのは、田舎町で暴力も殺人もなく、刺激が少ないからだと思っている。夫の心に別の女が居座っているからだと、微塵も思わない。セックスしているから大丈夫だと思い込んでいる。でも、夫婦とはセックスだけじゃないんだよ。相手を見つめなきゃ。

ヘジュンの同僚は、「一人殺すと、後はハードルが下がる」と言います。しかしその理由が、懇願・解放・守護から来たものだと判ると、悪だとは言い切れない哀しさがまとわりつきます。

不明になったソレを探し当てるヘジュン。見つけて貰えた嬉しさに、初めて自分からキスするソレ。あんな濃密に愛情が溢れるキスシーンは、昨今観た記憶がありません。長くたくさん映画を観ていますが、このキスシーンは、肌を重ねるより何十倍も官能的で、美しかったです。

ソレがファム・ファタールであると捉えられがちですが、私はむしろ、ソレに取って、ヘジュンこそが「運命の男」だったと思う。ヘジュンを想い、一人地獄に堕ちようとするするソレ。今では二重三重の鎖に巻かれたソレが、命からがら韓国に着いた時、初めて接する男性がヘジュンだったら?と思わずには、いられませんでした。

タン・ウェイが素晴らしい!彼女のようにタヌキ顔の美貌は、愛らしさが先に立つので、なかなか今作のように妖艶さは出難いのですが、年齢が味方をしたのでしょう。妖艶さの中に、純粋な感情を見え隠れさせて、ソレを忘れ難いヒロイン像にしています。旦那さんが韓国人だそうで、今後韓国映画にも、たくさん出演して欲しいです。

パク・ヘイルも充分中年男性なんですが、私は「殺人の追憶」での、中性的な容疑者が今でも脳裏に深く、大人になったなぁと感心。ソレに振り回されているようで、その実、彼女の人生を狂わせたのは、私はヘジュンだと思います。

サスペンス部分も、トリックも目新しく、澱みがありません。スマホを使っての翻訳は、ソレの中国語を「あなたの心臓が欲しい」と訳しますが、正しくは「あなたの心が欲しい」でした。心臓が欲しいなら殺人ですが、心なら、欲しいのは愛情です。このシーンが忘れられません。男女はこのように、言葉の意味を正しく噛み締める必要があるのだと思います。




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