ケイケイの映画日記
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2022年11月02日(水) 「夜明けまでバス停で」


 

びっくりしました。面白かったから。この作品の元になった事件は知っていたので、辛い社会派作品になるだろうと、予想していました。確かにその側面はありますが、ヒロイン三知子の最後のセリフに、破顔一笑するとは想像だにしていませんでした。監督は高橋伴明。

昼は自作のアクセサリーをサロンで展示即売し、夜は焼き鳥屋で住み込みのパートをする三知子(板谷由夏)。コロナ禍のため、彼女は焼き鳥屋をクビになり、住む場所を失ってしまいます。再就職先も雇止め、ネットカフェも休業となり、彼女の行き着いた場所は、路線バスの停留所でした。

前半は経済的に豊かとは言えずとも、仲間意識が強く、活気に溢れた三知子や、焼き鳥屋の同僚たちの姿が描かれます。その中に店長の千春(大西礼芳)だけ、立場上三知子たちとは溶け込めず、若い女性が男性と伍して働く厳しさや孤独が、浮き彫りになります。

コロナ禍の不況で、パートは若い美香だけが残され、解雇されたのは、三知子、純子(片岡礼子)、マリア(ルビー・モレノ)の熟年女性たち。明日が見いだせない閉塞感いっぱいの状態になるのが、坂を転げるがごとくあっと言う間で、これもとてもリアルです。

しかし田舎に帰った純子はともかく、三知子とマリアのその後は首を傾げます。寝る場所なら、一時凌ぎにサロンのママ(筒井真理子)を頼ったり、頭を下げて兄の元に帰っても良かったはずの三知子。離婚した元夫の借金をそのまま払ったり、母の介護費用を兄に求められるまま20万も送金したり。家が無くなっても、行政にも相談しない。純子はそんな三知子を、「正しい事しかしない。それが鼻に突く」と言います。でもそれって、正しい事かな?大阪弁で言えば、「ええ格好しい」です。やせ我慢だと思う。これは、のちの彼女の変貌から鑑みれば、そう観客に思わす演出だと、後から思いました。

反対にマリアは背景の描き方が雑。彼女は「じゃぱゆきさん」として日本に来たと語られますが、生んだ子供の国籍はフィリピン?日本?記憶では夫に逃げられた、と語っていましたが、認知はして貰っているのか?婚姻届けは出しているのか?日本の永住権は持っているのか、在留許可だけなのか?この辺の設定で、ガラッと彼女の立ち位置は変わります。孫を背負わす事より、この辺を描き込む方が、貧困のリアルが浮き彫りになると思うな。そして娘が捨てた孫を育てるなら、声を上げて行政なりNPOなり、是非頼って欲しい。マリアの描き方のみ、お涙頂戴感が強く、彼女に希望が見いだせる描き方をして欲しかったです。

後半、ホームレスのバクダン(柄本明)や派手婆(根岸季衣)と、三知子が知り合ってから、どんどん画面が活気づいてくる。炊き出しに並ぶのも渋々だった三知子が、お腹が空いて飲食店の残飯まで漁り、やっとやっと「ええ格好しい」の衣を脱ぎ捨てます。泣きながらバクダンから貰ったお握りを食べる彼女が、本当に愛おしい。

この辺から、全共闘世代のバクダンや派手婆の、政治や経済に対しての昭和からの怒りが炸裂して語られます。あれ?そんな映画だったの?コロナ禍の貧困も、そこから紐解くのかな?と、きょとんとして観ていた私ですが、社会に対しての怒りを語る彼らに、不思議な若々しさも感じます。

自分は真面目に生きてきて、何一つ悪い事はしていないのに、何故こんな目に遭うのかと怒る三知子。物凄く正しい怒りです。その先に望む事の破天荒さにびっくりしましたが(笑)。破天荒さはさておき、監督は怒る事の大切さも、示唆していたのかと思います。

「あんた、謀ったね」と、バクダンに言う派手婆。二人ともニヤついています。思うに、当時は爆弾を仕掛ける事は、国を正す事だと思っていたはずのバクダンですが、罪もない人々を傷つけた事は、今となっては後悔しているのでしょう。政治的スタンスにぶれはなくても、人としての成長だと思います。

千春は店長として、三知子たちを解雇した事の無念さを、必死になって晴らそうとします。彼女もずっとずっと我慢していたのです。その我慢を止めさせたのは、三知子たちを思いやる気持ちです。あぁ、人の気持ちはそうなっている。自分のためだけに生きる事は、やはり「心が貧しい」のですね。彼女もまた、「貧困」に喘いでいたのでしょう。一番深い感情を抱いたのは、私は千春でした。

胸をいっぱいにして、胸を張りながら、三知子に自分の現在を報告する千春に、返事する三知子の答えは(笑)。私はここで大笑い。こんな悲惨な目に遭った女性たちを描いて、ラスト笑顔になれて元気が貰えるとは、思っていませんでした。でも三知子は、「店長」とは呼びかけず、「ちーちゃん」と呼び掛けていました。内容はあれですが(笑)、千春は嬉しかったんじゃないかな。「私もあなたと同じです」と言う千春の言葉に対しての三知子の返事が、「ちーちゃん」だったのだと、だいぶ経ってから、思い起こしました。「あれ」は、本当にしたいのではなく、ただの現実逃避って事です(笑)。

高橋伴明は高名な監督ですが、私はそれ程作品を観た事はなく、作家性を語れないのが残念です。この辛い題材を見事に料理して、コロナ禍に喘ぐ市井の人々にエールを送るなんて、凄い監督だと思います。これが円熟ってもんなのかな?是非ご覧ください。








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