ケイケイの映画日記
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2022年03月17日(木) 「パワー・オブ・ザ・ドッグ」(Netlix)




本年度オスカーの大本命作。昨年限定公開していましたが、間に合わず、オスカー発表前に、ギリギリで配信で鑑賞しました。心理戦が盛りだくさんの、面白いサスペンスだったと、鑑賞後はそれだけ思いましたが、一日経つととにかく自分なりに考察したくて、堪らなくまりました。なので今回は大ネタバレ大会です。監督はジェーン・カンピオン。

1925年のアメリカのモンタナ。牧場を経営しているフィル(ベネディクト・カンバーバッチ)とジョージ(ジェシー・プレスモン)兄弟。仕事のため、牧童たちを連れて、ローズ(キルスティン・ダンスト)が営むレストラン兼宿屋に泊まります。ローズは未亡人で、一人息子のピーター(コディ・スミット=マクフィー)と二人暮らし。これが縁で、ジョージとローズは結ばれ、ローズはモンタナの牧場まで嫁ぎます。しかしローズを認めないフィルは、彼女に嫌がらせばかり。追い詰められたローズの元に、ピーターが夏休みで帰省してきます。

とにかく徹頭徹尾、不穏な空気と緊張感に包まれ、あのセリフこの演出、全てが思わせぶりで頭に残ります。冒頭、ピーターの独白で「父が死んだあと、僕は母の幸せだけを願った」と流れます。ここから既に違和感が。このセリフは、母親が息子に向けて言うセリフです。そこには、ただ母親思い以上の何かを感じます。

大きなお屋敷に住むのに、フィルとジョージは同じ部屋で寝ます。大の大人がこれも何なの?予備知識は極力シャットダウンして臨みましたが、フィルがゲイであるのは、何となく想像がつきました。でも弟とはそういう関係はないでしょうし、これは弟への束縛と依存を示していたと思います。

ピーターは今で言うフェミニン男子。彼が作った美しい造花を、バカにして燃やしてしまうフィル。フィルの率いるカウボーイのホモソーシャルは、彼を投影しているのか、ミソジニーでもあります。辱めを受けて涙するピーター。

ジョージは地味ですが温厚で、牧場の経営面を一手に引き受けています。パっとしない容姿に引け目もあったでしょう。美しいけれど所帯やつれをした、子持ちの未亡人のローズは、気後れせずに付き合えたのでしょう。ローズも子供の学費や、これからの人生を一人で生きるのは心もとなく、女気がなく婚期を逸したジョージなら、自分と釣り合うと考えたのかも。しかし理由はどうあれ、お互い誠実に向き合う姿は微笑ましく、私は良い夫婦になると思えました。それを描いていた、モンタナへの二人の道行は、この作品で唯一心が和む風景です。

しかし、ローズを義妹とは認めず、憎悪を露にするフィル。彼女が客に披露するため、「ラデツキー行進曲」を懸命に練習するも、上手く行かない。そこへ無言で軽々バンジョーで弾いてみせるフィル。重圧と焦りで我を無くすローズが、とても痛々しい。この辺り、本当にフィルは嫌な野郎で、彼がローズを憎悪する以上に、私がフィルを憎悪しましたよ、全く。

市長夫婦や両親の前で、ローズに恥をかかすフィル。それ以上に、息子であるフィルに会っても、あまり嬉しそうではない兄弟の親が不思議です。そしてエール大学出身だと言うフィルは、その優秀さとかけ離れた日常を送っており、何かかが彼をそうさしていると感じます。

やがて夏休みが来て、高校に通うピーターがローズの元へ。その頃には、フィルに追い詰められたローズは、アルコール依存になっていました。中世的な匂いを漂わすピーターを、相変わらず侮蔑しながら冷やかすフィルや牧童たち。ローズの慰めにと、野兎を捕まえ、母に渡すピーターでしたが、彼はその兎を解剖してしまいます。

えっ?ちょっと待って。ローズのために捕まえたんだよね?いくら医者志望だからって、その兎を解剖するか?そしてローズも「家で解剖しては駄目」って、外では良いのか?そういう問題か?あまりびっくりしていない母の様子に、これは以前にもあったのだと思いました。もしかして、ピーターはサイコパス気質を持っているのかと感じます。

水浴をする若い牧童たち。牧童は入浴せず水浴するものだと、師匠のブロンコ・ヘンリーに言われたと語るフィル。屈強な若い男性たちの裸を映す画面は、ゲイテイストに満ちている。一人フィルは秘密の自分だけの場所に移動。下着から古いスカーフを出し、身体にまとわりつかせ、自慰に耽るフィル。スカーフにはBHのイニシャルが。ブロンコ・ヘンリーです。偶然散歩中のピーターが、ブロンコ・ヘンリーのヌード写真集を見つけます。隠していたのでしょう。その近くにいたフィルに見つかり、追い出されるピーター。

何故かその後、ピーターに近づくフィル。仲良くしようと申し出る。私は自分ゲイである事をピーターに嗅ぎつけられて、懐柔しようとしているのかと思いました。違う?

しかしピーターは、フィルの手ほどきで、乗馬やカウボーイの日常にすぐ馴染んで行きます。その事に苛立ちを見せるローズ。牛の皮で編んだロープをピーターにプレゼントすると言うフィル。自分の大切なブロンコ・ヘンリーから受け継いだ鞍も、ピーターに座らせます。

最初はゲイである事を隠すためと思っていましたが、この頃になると、本気でフィルはピーターを気に入っているように見えました。亡くなった父からお前は強すぎると言われたと語るピーター。強い人はいないと答えるフィル。これは自分の事を指している。父親は首吊りで死に、自分が遺体を下したと言うピーター。ここで冒頭のピーターの独白が蘇ります。

父親は息子が原因で自殺したのじゃないかな?自殺前はアル中でした。父は息子のサイコパス気質を知っていたのだと思います。もちろんローズも知っている。知っていても、彼女には愛する息子である事に、変わりはないのでしょう。だから責任を感じて、ピーターは母だけの幸せを願ったのじゃないのかなぁ。

乗馬の上手くなったピーターは遠出して、病気で死んだ牛の皮を剥ぐ。これが重要な意味を持っていました。

牧場から見える丘は、何に見えるか?とピーターに問うフィル。犬が吠えていると答えるピーター。感嘆するフィル。それはブロンコ・ヘンリーの答えだからです。自分たちの絆を確信するフィル。この時、ピーターもゲイであると確信したのじゃないかしら?

フィルは牛の皮は売るくらいなら、焼いていました。それを知ったローズは、腹いせに皮を所望する先住民族に売ってしまいます。それを知り、激怒するフィル。今まではオタオタしたであろうジョージも、毅然と妻を庇います。
そこへ、自分で取った皮を差し出すピーター。

ピーターのためのロープを編みながら、ブロンコ・ヘンリーの思い出話をするフィル。煙草をくゆらし、自分の吸った煙草の吸い口を、フィルに吸わせるピーター。妖しい瞳、薔薇色の唇が艶めかしく、ぞっとするような美しさ。恍惚の表情を浮かべ、フィルはピーターに翻弄されているのが解る。フィルはブロンコ・ヘンリーと自分の間柄を、ピーターに当てはめていたのでしょうが、kの時から立場は逆転したのでしょう。

翌日、高熱を出し病院に駆け込むフィル。しかしあっけなく亡くなってしまいます。病名は炭疽症。病気の動物から移るのです。病気の牛には用心して、フィルは決して触らなかったと言うジョージですが、それ以上は追及しません。

綺麗に湯灌して、髭をそり落としたフィルの死に顔は穏やかで、本当は繊細であったであろう、彼の内面を映したような美しさでした。野蛮で豪放磊落、それが男らしさに繋がると考えるフィルは、無理をしていたと言う事です。さぞ辛かったろうと思うと、自然に涙が出ました。

葬儀の日、ローズに指輪を渡す兄弟の母(姑)。何か謂れはあるのでしょうか、多分嫁と認めるみたいな意味だと思います。でも、葬儀の日にする事ではない。両親も牧場の収入で生計を立てていのでしょう。牧場はフィルの持ち物です。ジョージも含め、他の家族はフィルがゲイだと知っていたのでは?自分の殻に閉じこもり、本音も本来の自分も見せないフィルを、家族は持て余していたのではないか?これはフィルの死を、家族が「安堵」と捉えているのかと感じました。

葬儀が終わり、抱擁するジョージとローズを観て、これも安堵して微笑むピーター。フィルから貰ったロープは、手袋をして、ベッドの下に隠します。

最後までピーターに殺された事は、フィルは知らなかったのでしょうね。前半と後半では、フィルはまるで違う人に感じました。それはピーターも同じ。ジョージは妻を得て、兄の従属から一人立ちしていくように見えたし、何も知らないローズは、これで救われるでしょう。

フィルの葬儀を欠席したピーターは、祈祷書から「剣と犬の力から、私の魂を解放したまえ」を読み上げる。犬の力は、障害物と映画では表現されていました。ローズから観たら、それはフィルでしょう。ジョージもそうです。ピーターから観たら、フィルであり、親離れ子離れしなくてはいけない母親のローズ。

フィルは誰かと言われたら、私はブロンコ・ヘンリーだと思う。フィルがヘンリーに「抱かれた」のは、18前後だと描かれています(明言はなし)。でも大人が異性であれ同性であれ、性的な接触を10代の子供にして良いはずはありません。これがフィルが大人になった時であれば、これ程ヘンリーの亡霊に呪縛される事はなかったと思うのです。フィルが恩人で師匠と語るヘンリーこそ、フィルの人生を翻弄した罪人だと思います。

ここから何を学ぶかと言えば、誰しもが剣と犬の力=障害物に成り得るのだと言う事、そしてそれは、死で超えるのではない、でしょうか?ピーターは外科医になれば良いかなぁ。そうすれば、荒ぶる魂が救われ、フィルの死に報いる事が出来るかもしれません。

あー、いっぱい書いた!お目に留まれば、どなたでもお話ししたいな。配信なので、また観返したいです。


※追記 3/20

観た直後は、後味最悪だなぁと思っていましたが、フィルの死は、様々な思いに呪縛されている登場人物全てを、開放したんじゃないかと思えてきました。穏やか死に顔を称えていたフィルも含めて。フィルを「殺した」ロープを、ベッドの下に隠したピーターは、自分の性癖を、これにて封印するつもりなのではないかな?日が経つに連れて、これはカタルシスのあるエンドだったのだと、思い直しています。















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