ケイケイの映画日記
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2022年01月11日(火) 「ただ悪より救いたまえ」




年明け四日に観てきました。「新しき世界」が素晴らしい輝きを見せたファン・ジョンミン&イ・ジョンジェが、再びタッグを組み、監督が「チェイサー」「悲しき獣」の脚本家フォン・ウォンチャンとくりゃ、期待しない方が無理ってもん。いや凄かった。隅々まで目配せが利いており、やたら完成度が高い。そして何より面白い!お正月から大満足の作品です。

韓国で極秘の暗殺部隊に所属していたインナム(ファン・ジョンミン)。部隊が解体され、口封じに追われる事に。彼は日本で殺し屋となっていました。在日のやくざのコレエダ(豊原功補)を仕留める事を最後に、足を洗うはずでした。しかし彼の元へ、存在を知らなかった彼の娘が、バンコクで行方不明との知らせが入ります。娘を救うため、バンコクへ向かうインナム。同時にコレエダの狂犬のような弟レイ(イ・ジョンジェ)が、兄の復讐のため、インナムを追います。

殺し屋、ヤクザ、不動産詐欺、幼児誘拐、臓器売買、タイのマフィアなど、裏世界てんこ盛りなのに、次々なぎ倒して行く過程に、全く澱みがないのに、まず舌を巻きました。とにかく脚本が巧みです(脚本も監督)。

行く先々で素手のアクションがあるのですが、これがとてもスピーディー。早回ししているのか?と一瞬思いましたが、特別な装置で近距離で撮り、スタントは最小で、ほぼ役者にさせているのだとか。どこの国も役者は運動神経が良くないと、いい役貰えないよね。銃撃戦・カーチェイスとも、大掛かりではないのに、とても華々しいです。これらのお陰で、血と汗と熱気が充満している背景なのに、匂いはすれど悪臭は感じなかった所以だと思います。

裏社会を中心に描くので、血生臭い場面が続出しますが、血を見るのは屈強な男性だけ。女性や子供は一切無し。インナムの元恋人だけが死体姿で映りますが、インナムの手伝いをするドラッグクィーンのユイ(パク・ジョンミン)でさえ、殴られるシーンもなし。盛大に血は流れ、殺戮場面が繰り返されますが、残虐はシーンは寸止めで描くのを止めています。それでも恐怖に慄きました。この辺の繊細な匙加減に、また脱帽です。女子供が暴行を受けるシーンは、例えフィクションでも見るに堪えません。男なら娯楽になるのか?と問われれば、まぁそうなので、すみません(笑)。

国に捨てられ生気なく人を殺すインナム。コレエダを仕留める様子は、赤子を寝かしつけるようです。対するレイは、暴力的な父親が食用動物の解体をしていたため、生きた人間を吊るし、そのまま解体します。全く正反対のような彼らですが、実は似ているのだと、レイのセリフでハッとしました。

何故インナムを殺したいのかと、マフィアのボスに問われたレイは、「理由は忘れた」と答えます。あぁ、殺す相手がいないと、壊れてしまうのでしょう。それはインナムもそうです。指定された相手を仕留める。その「課題」があるから、彼は生きていた。狂っているのは、二人とも同じ。狂っていなければ、人殺しなど出来ません。

レイを凶暴にしたのは、少ししか語られなかった父親でしょう。きっと「血と骨」の金俊平のような父親だったのでしょう。加えて差別されたであろう在日の出自。何でわざわざ日本で在日を殺すのかと思っていましたが、短いセリフと背景で、レイを浮かび上がらせたかったのだと思います。対して、常に死と隣合わせだったろうインナムは、娘の存在を知り、初めて生きたくなったのじゃないかしら?

これだけノワールてんこ盛りなのに、LGBTまでぶっこむのか?の存在がユイ。しかし彼女がとても良かった。性転換手術のお金欲しさに、少々危ない橋でも渡る気になったものの、少々どころか、危険極まりない橋であると認識しても、また舞い戻ったユイ。そこには欲得ではなく、幼い命は大人が守らなければと言う意思があったはず。彼女の造形は、人としての矜持は、性別なんか関係ないと言っているようで、爽快でした。留置所に一泊した翌朝、薄っすら髭が伸びていたのも、芸が細かく好印象です(笑)。

ファン・ジョンミンの作品はたくさん見ていて、アクション・ドラマ・やくざ・コメディ・国家物と、そのどれもが突出していて素晴らしく、すごい俳優さんだと思っています。ガンちゃんは別格として、今韓国で一番の俳優なのかしら?今回は娘への愛をストレートに外連味なく演じて、胸を打ちました。

イ・ジョンジェはこれが三作目かな?どれも印象深く、彼もどの役も違う人です。今回は目力がすごく、セリフもほとんどない中、レイの怖さと哀しみを的確に表現しています。とても魅力的な悪役で、恐れ入りました。

死闘を繰り広げる最後、「こうなる事は、判っていただろう?」と、不敵にインナムに微笑むレイ。似た者同士の二人、インナムも判っていたでしょう。狂いながら生きると言う事は、常に死に場所を探し求める事なのでしょう。ベストの死に場所を。

良識ある作りになっているので、観た後哀愁を感じても嫌悪感はありません。題材を毛嫌いせず、女性にも観ていただきたい作品です。











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