ケイケイの映画日記
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2021年12月12日(日) 「悪なき殺人」




何も予備知識なく観たら、各々の視点で別角度から描く作品でした。「運命じゃない人」「カメラを止めるな!」等、これ系は邦画はコメディ仕立てが多いですが、こちらは秀逸なミステリー。練られた脚本は、綻ぶ事無くラストまで突っ走ります。監督はドミニク・モル。

雪深いフランスの田舎町。一人の既婚女性エヴリーヌ(バレリア・ブルーニ・テデスキ)が失踪します。近所に住む農夫のジョゼフ(ダミアン・ボナール)に疑いの目がかけられます。彼は近所の人妻アリス(ロール・カラミー)と不倫中。そしてその夫ミシェル(ドゥニ・メノーシュ)も、誰にも言えない秘密を抱えていました。

幾つもの組み合わせが複雑に入り乱れ、愛と呼ぶには希薄で幼稚な愛憎劇が、繰り広げらます。それぞれの事情に理解を示せる描き方が良いです。

倦怠期の夫婦のミシェルとアリスは、セックスレス。各々性的な不満を抱えている。ジョゼフは不倫と言えばそうですが、アリスでは孤独は癒せず、この関係はアリスの独りよがり。夫がいながら、アバンチュールを楽しむエヴリーヌは、夫とは別居中。離婚はせずとも冷たい関係。寒々とした田舎町に押し込められては、気晴らしの一つもしたいでしょう。

そこへ国際ロマンス詐欺や同性愛など、普遍的な男女の愛憎以外にも、世相も盛り込んでいます。偶然が偶然を呼ぶ様子が、澱みなく展開されることに感嘆しました。

マリオン(ナディア・テレスキウィッツ)性的少数者の自分にとって、運命の人が見つかったと、ときめく。アルマンの住むコートジボワールは、若い男性でも、まともな仕事はなかなか見つからないのが、解ります。

これだけ理解出来るのに、この人たちにあまり共感出来ないのは、何故か?そこに愛がないからです。老婦人はエヴリーヌの失踪がニュースで流れた時、アリスに「この夫婦は愛がなかったから、こうなった。あなたは大丈夫?」と問います。一瞬言葉に詰まるアリス。

愛って何だろう?私は相手の笑顔が観たい、相手の幸せを願う。至ってシンプルな事に尽きると思います。これ以上は欲ではないかな?誰も彼もが、相手への愛情よりも、自分の欲望が勝っていて、相手を見ていない。この複雑な事象は、偶然ではなく必然だったのだと、私は思います。どこかで誰か一人でも、相手を思う本当の愛があれば、この絡み合った紐は、ほどけたのじゃないかしら?

なので私が同情出来たのは、ジョゼフとミシェル。ジョゼフは母を亡くして、抜け殻のようになっていた時、アリスの「私があなたの孤独を救ってあげる」と言う、彼女の性欲を正当化する建前に、堕ちただけです。ずっと心ここにあらずのセックスだったのでしょう。どれだけ相手をバカにしているのか>アリス。

ミシェルもアリスの父の農場を引き継ぎ、口煩い義父付きのマスオさん的生活で、息が詰まっても離婚は言い出せなかったのでしょう。ロマンス詐欺に引っ掛かったのは浅はかですが、それだけ純粋に愛情に飢えていたからでは?歪んだ認識は罪深いですが、そこに欲だけではなく、相手を思う気持ちが、確かにあったはずだと、私は思います。

マリオンも、何度も金で追い払おうとする相手に、「お金なんか要らない!」と拒絶。性的マイノリティの彼女にとって、千載一遇で出会った運命の相手だと思ったんでしょうね。そう言えば、マリオンのお相手も、「貴女とのセックスは楽しいが、愛してはいない」と言ってましたっけ。この三人は、私には情状酌量ありでした。

ラストに雪深いこの街に連れて来られた子持ち女性。彼女もエヴリーヌのようになるのか?私はならないと思います。何故なら、子供を育てなきゃいけない。心から愛する存在が、傍にいるからです。そう思うと、尻尾まであんこ状態の切ない展開も、光が射すように感じました。

幼稚な愛を描きながら、愛って何?鑑みさせる、深みのある群像劇です。





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