ケイケイの映画日記
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2021年10月30日(土) 「最後の決闘裁判」




またまた三時間近い作品(嫌だ嫌だ)。それでも久々の名匠リドリー・スコット監督作なら、観るしかありません。実際にあった14世紀のフランスの裁判を題材に、とても重厚に作られた作品。温故知新な内容で、一見剛健な男性向け作品と見せかけて、実は女性に向けて、とても示唆に富んだ内容で、大変面白かったです。

14世紀のフランス。騎士ジャン・ド・カルージュ(マット・デイモン)の妻マルグリット(ジョディ・カマー)は、ジャンの友人ジャック・ル・グリ(アダム・ドライバー)から強姦されたと夫に訴えます。しかし目撃者もなく、無実を訴えるジャックと重罰を望むジャン。そこで真実の行方は、神が正義の者を勝利に導くと信じられていた、互いの生死を懸けた決闘裁判に委ねられることに。それは、ジャンが負ければ、マルグリットも偽証の罪で火あぶりとなると言う非情な裁判でした。

男性二人の決闘場面までは、ジャン、マルグリット、ジャックの三人の視点から、じっくり描かれていて、これが長尺の所以でした。無駄に長いのは御免ですが、これは納得の長尺です。

「羅生門」と似ているとの評判でしたが、私の感想は似て非なるもの。「羅生門」は真実を見つめていた人物がいましたが、この作品は各々嘘偽りのない自分の感情です。

私が嘆息したのは、ジャンとマルグリットの夫婦としての体温の差。いくら大昔の男尊女卑がまかり通る時代であっても、隔たりが多すぎる。マルグリットは実父の失地挽回のため、多くの領土と共に、貢物のようにジャンに差し出された花嫁です。それでも、美しいマルグリットに一目惚れのジャンは、武骨で直情的な男ですが、妻の人格を重んじ、こよなく愛しているように、彼の視点では思えました。

ところがところが、マルグリットの視点になると、夫は妻の存在より領土が大事、妻に望むものは子供を生む事。妻の命より己がプライドを重んじ、人格を尊重するどころか、終始妻は自分の所有物扱いです。だから、先妻とマルグリットを比べる、極めてデリカシーの無い言葉も出るのです。

私が瞑目したのは、これはジャンの視点であるのだから、彼は「これで」心から妻を愛していると思い込んでいる。これは今の夫婦の在り方にも通じるもので、昨今問題となるモラハラの正体じゃないでしょうか?

ジャックのパートは、彼が恵まれぬ出自であり、かつて修道士を目指していたため、博学であること。その事を権力者のピエール(ベン・アフレック)に見込まれ、財政を立て直し、ピエールの寵愛を受け側近に取り立てられる道程が描かれます。しかしジャックが気に入られたのはその事でなく、狡猾で好色なピエールの破廉恥な乱交パーティーにも付き合える、「話の解る」男で有る事が強調されているように感じました。

そしてその事に、葛藤も感じないジャックに私は落胆。ジャックは頭脳明晰な優秀な男です。プライドを持つならそこなのに。そしてこれまた一目惚れしたマルグリットにも、学が無く戦場でしか輝けないジャンより、自分の方がマルグリットに似つかわしく、彼女もそう思っていると自惚れるのです。レイプの後、君も楽しんだだろうと言うジャックに、心の底から怒りが湧きました。この許せぬ思い上がりも、今に通じているのでは?

この事件には、私はジャンの母親が絡んでいると思いました。意図的にマルグリットを屋敷に一人にして、それをジャックに教えたのでは?彼女も過去にレイプされた事があり、自分は胸に収めて夫には言わなかったと、マルグリットを詰ります。自分のように、マルグリットも夫に告げないと思ったのでしょう。こんな大騒ぎになるとは思わず、ジャックに息子の地位の挽回を頼み、あわよくば、子供の出来ないマルグリットが自害でもしてくれれば、次の「子供を生める」妻を娶れば良いと思っていたのかと感じました。

もう私は怒髪天を衝く怒りですよ。レイプされた過去がある悲痛を抱える女性が、そんな事をするなんて。女性に人格が無い事に疑問も感じず哀しみさえ覚えない。恐怖さえ感じました。女性は若く綺麗な間は、持てはやされるので感じないでしょうが、何時の時代も、若い女性は、世の中の最下層なのです。

その他、マルグリットに不利な証言をする女友達も印象的。女性は選ばれるのみ、好きな相手と付き合う事も許されず、皆の憧れの的であったジャックに、マルグリットが「抱かれた」事への嫉妬でしょう。、好色な夫を嫌いながら、14年間に8人の子供を生まされたピエールの妻など、人格などなかった時代の女性たちの生き辛さを、この作品から嫌と言うほど感じました。

中世の戦闘場面、サロンの様子、お屋敷内など丹念に再現した美術は特筆ものでした。そして男二人の決闘場面。最初は馬に乗って槍や剣、血みどろになりながら、最後は素手で渡り合う二人に充分な時間を割いたのは、残酷な決闘は、当時の民衆の娯楽となっていたが、興奮しながら観ている私たちだって、同じく非情なのだと教えてくれます。裸にむかれ、引きずって行かれる敗者を見て、我に返りました。

ジョディ・カマーは初めて見ましたが、美しく可憐、聡明さも感じさせ、とても素敵でした。男性社会に振り回されながら、翻弄されまいと必死で食い下がるマルグリットを好演していました。意外な好演はベン・アフレック。脚本家や監督として優秀だと認識していましたが、俳優としては別に。ところが敵役に近いピエールを演じて、卑小さではなく権力者の力を見せつける大物っぷりを感じさせ、好演でした。

夫との閨の後、「良かっただろう」と言われ、恐怖で引きつった顔で「はい、とても」と返事していたマルグリット。レイプされた事を夫に告げるのは、命がけだったでしょう。そして己のプライドのため、妻の命まで巻き込んだ夫も詰る。当時としては先鋭的な女性だったでしょうが、このお話は実話が元。脚色が過ぎるかもしれませんが、80を過ぎた大御所スコットが、私たち女性の為に、こんな立派な先達もいたのだよと教示したかったのなら、とても尊い作品です。



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